古い部屋の雨だれ
実家の古い部屋では、雨だれが三つの音に分かれた。
黒沢は高校時代のベッドへ横になり、軒、物干し竿、室外機の順に落ちる水を聞いた。とん、ちん、たん。エアコンは古く、送風のたび羽根が小さく震える。机の上には、もう使わない参考書が背表紙を日焼けさせたまま並んでいた。
昨日、同棲していた部屋を出た。
大げんかをしたわけではない。これからを話すたび、二人の答えが少しずつずれた。荷物を半分運び出し、「少し考えよう」と言って鍵はまだ返していない。
両親には、仕事が忙しくてしばらく泊まるとだけ伝えた。母は理由を聞かず、古い布団を干した。父はクローゼットの前に積んであった箱を廊下へ出した。それぞれの動作が親切であるほど、黒沢は何も言えなくなった。
とん、ちん、たん。
隣の部屋で妹が咳をした。布団が擦れ、水を飲む音がする。しばらくして、壁越しに小さく「寒い」と独り言が聞こえ、暖房の室外機が回り始めた。
黒沢は返事をしなかった。妹も起きていることを知らせたつもりはないだろう。家族だから孤独がなくなるわけではない。それぞれの部屋で、それぞれ言わないことを抱えている。
廊下では古い時計が一度鳴り、両親の部屋からは何も聞こえなかった。眠っている人へ説明を求められない時間だけ、黒沢も答えを作らずにいられた。家族の家は、話す場所である前に、黙って横になれる部屋を一つ貸す場所でもあった。
雨だれが一度乱れ、また三つの順番へ戻った。
黒沢はベッドの足元にあった毛布を広げた。高校の文化祭で買った、派手な黄色の毛布。今の部屋には似合わず、置いていったものだった。半分に折り、肩へ掛けると、古い柔軟剤の匂いがわずかに残っていた。
鍵を返すか、戻るかは明日も決まらないかもしれない。今夜この部屋にいることを、敗北のように説明しなくていい。
とん、ちん、たん。妹の室外機。自分のエアコン。
壁には、剥がしたポスターの画鋲跡が四つ残っていた。黒沢がここを出たあとも、誰も埋めなかった小さな穴だ。戻ってきたからといって昔の自分へ戻るわけではない。空いた跡と今の荷物が同じ壁にあっても、部屋は壊れずに夜を受け入れていた。
黒沢は黄色い毛布の端を握った。家族に囲まれていても、眠るのは一人だ。その一人を、今夜だけこの古い部屋へ置いておけそうだった。