同意できない十二時間
神足慶真は朝、通勤中に広告を三本見る。一本につき寿命一分。画面の残量が三分増えると、昨日より少し得をした気になる。寿命の受け取りには、本人が目を開けて確認ボタンを押す。それが当たり前だった。
妹の碧依が昏睡状態になった日、その当たり前が扉になった。
脳炎の治療は効いている。医師は「あと三日持てば、意識が戻る可能性が高い」と言った。
碧依の残り寿命は十二時間。
慶真には三十四年ある。
「三日送ります」
病室の端末へ入力する。
《受取人の生体同意を確認してください》
碧依の指を確認面へ置く。眠った手は温かい。指紋も脈拍も一致した。
《意識反応を確認できません》
《受領を拒否しました》
寿命の強制移転を防ぐため、受取人が意識のある状態で承認しなければ一秒も渡せない。それが唯一の規則だった。
「強制じゃない。兄です」
《関係性は同意に代わりません》
医師は覚醒刺激を試した。名前を呼び、光を当て、痛み反応を測る。碧依の瞼は動かない。
残り十一時間。
慶真は過去の動画を出した。
『お兄ちゃんが余ったら、百年くらいちょうだい』
中学生の碧依が笑っている。
《録画された意思は無効です》
事前同意書も探した。臓器提供、延命治療、財産管理。寿命受領の欄だけは未記入だった。
残り六時間。
慶真は自分の寿命を三日ずつ小口にし、何度も送った。端末は同じ速度で拒否する。
《受取人の同意がありません》
残り一時間。
碧依の指が一度だけ動いた。
慶真は端末へ押し当てる。
《反射運動です》
「本人が押した!」
《意識波形を確認できません》
残り三分。
慶真は妹の耳元で言う。
「起きろ。押すだけでいい」
碧依の瞳がわずかに開いた。
焦点は合わない。それでも慶真を見たように思えた。
確認ボタンへ指を置く。
《生体同意を解析中》
画面の輪が回る。
残り一分。
《解析中》
残り十秒。
碧依の指先が、ほんの少し押し返した。
《意識反応を確認しました》
慶真が息を吸う。
続いて表示されたのは、緑ではなかった。
《残り寿命不足により、認証完了前に受取人が死亡しました》
《取引を中止します》
三日分は慶真の口座へ戻った。
妹が返した最後の力だけは、どの残高にも記録されなかった。