名前のない写真
告別式まで三時間。比良坂紬は斎場の控室で、故人の写真を四分の映像にまとめていた。依頼は、幼少期から晩年までを年代順に見せ、開式前に完成させることだった。
家族から渡された箱には、裏書きのない写真が多い。紬は服装や家の変化で順番を組み、最後に一覧を遺族へ確認してもらった。その中の一枚を見て、故人の妹が言った。
「これ、姉じゃないかもしれません」
運動会で笑う少女。データのメタデータには〈由紀・一九九八〉とある。故人の名前も由紀だったため、制作担当はそのまま使おうとした。
紬は急いでいるときほど、遺族に断定を求めない。「違いますか」ではなく、「誰と写っていますか」と尋ねた。悲しみの中では、間違いを訂正するだけでも負担になる。編集者の都合で答えを誘導すれば、曖昧な記憶がそのまま上映されてしまう。だが一九九八年なら故人はすでに高校生で、写真の少女は小学生に見える。
「似ているし、短く出すだけです」と担当者は時計を見た。
紬は写真を拡大した。胸の校章が、故人の通った学校と違う。箱の隅に同じ運動会の集合写真があり、少女の隣に故人が立っていた。写っていたのは同名の従妹だった。
誤った一枚を外すと、幼少期の場面に穴ができた。紬は集合写真を高い解像度で読み込み、端にいる故人を切り出した。無理に顔だけを大きくせず、従妹へ手を振る姿が分かる範囲までにする。前後は長いクロスフェードにせず、運動会の旗が次の旅行写真の空へ重なる短い移り変わりにした。ぼやけた顔を長く見せれば、遺族はそこばかり気にする。
完成版で、幼い故人は写真の端から誰かへ笑いかけた。妹は画面を見て、「姉はいつも、自分から真ん中へ行かない人でした」と呟いた。
紬は、その一言を映像へ足さなかった。頼まれていない物語を、編集者が勝手に完成させてはいけない。
開式十五分前、映像が会場へ運ばれた。紬が箱の蓋を閉じようとすると、遺族が小さな封筒を差し出した。
「病院で最後に撮った一枚も、間に合いますか」
白いスクリーンの向こうで、参列者の足音が増え始めていた。