名前の違う容器

香苗は料理を作ることで機嫌を直す。琴美は、料理をしないことで機嫌を守る。

「家事を愛情に数えると、やった人が損するよ」

琴美が言う。

「食べるものがあると、人は少しまともになるよ」

香苗が返す。

同居して三年、食事は完全に別会計だった。

繁忙期が重なった五月、二人は同じ部屋に住みながら三日間顔を合わせなかった。香苗は始発前に出勤し、琴美は終電後に帰宅する。冷蔵庫には、コンビニの袋と飲みかけの水だけが増えた。

香苗は琴美の食事まで作りかけて、以前「頼んでいない世話は借金みたい」と言われたのを思い出した。琴美は香苗の空の弁当箱を見て、食べろと連絡しかけたが、それも監視に似ると思って消した。

四日目の朝、香苗は炊飯器で五合炊いた。料理で世話を焼きすぎる癖を、琴美が嫌うのは知っている。だから白いご飯だけを四角い容器へ詰め、〈香苗〉と自分の名を書いた。

夜中、琴美は冷凍庫を開けた。四角い容器が六つ並んでいる。自分の分はない。名前があることで、勝手に食べさせられる感じがしなかった。

少し安心し、少し腹が立った。

琴美は冷凍うどんを買いに出たついでに、レトルトのスープを二種類ずつ買った。世話ではなく共同購入、と言い張れる数にした。帰宅すると、ご飯を炊き、同じ容器へ詰める。今度は〈琴美〉と書いた。

翌日の深夜、二人は台所で鉢合わせた。香苗は自分の名前のご飯を取り出し、琴美も自分の名前のご飯を取る。

「そっち、六個もあるじゃん」

「そっちも」

電子レンジは一台しかない。どちらが先かで黙ったあと、香苗が容器を二つ重ねて入れた。

「一緒だと温まりにくいよ」

「じゃあ途中で上下を替える」

琴美はタイマーを半分に設定した。香苗はスープを二袋、鍋へ立てる。

食べ終えるころ、香苗は空の容器を洗い、琴美は乾いた容器へラップを敷いた。頼むとも作るとも決めないまま、炊飯器には次の米が入っていた。

二人は相手のために作ったとは言わなかった。名前の違う容器を交換もしなかった。それでも翌朝、冷凍庫には新しい四角が二つ増えた。

片方に香苗、片方に琴美と書き、二人は同じ段へ並べた。