名前を変えた監査人

部長昇進の最終面談に、「新入社員」という参加者がいた。

候補者である営業課長は、研修見学だろうと笑った。人事役員も説明せず、会議を始めた。

課長は過去三年の実績を滑らかに語った。

失注率を半減させ、残業を三割減らし、若手の離職をゼロにした。数字は完璧だった。私は同席する人事担当として、元データとの違いが気になったが、課長は自信満々に共有資料をめくる。

突然、「新入社員」がチャットに書いた。

《離職者は四名です》

課長の顔が変わった。

「部外者が人事情報を見ている。今すぐ退出させてください」

人事役員は動かなかった。

課長は自ら削除しようとしたが、権限がない。

私は資料の版履歴を開いた。離職者数は昨夜まで「四」。今朝六時十二分、課長のアカウントから「ゼロ」に変更されている。残業時間も、分母から退職者を外すことで三割減に見せていた。

課長は集計方法の違いだと説明した。

「新入社員」がカメラをつけた。

見知らぬ中年の女性だった。

「私は外部監査法人の者です。名前を変えたのは、候補者が部外者の前でも同じ説明をするか確認するためです」

課長は、監査人の参加を知らされていない面談は無効だと主張した。

監査人は会議招待のアクセス履歴を示した。課長は開始前に参加者一覧を開き、「新入社員」の外部ドメインまで確認している。さらに人事役員へ、《監査らしい人がいるが、資料は整えたので問題ない》と個別チャットを送っていた。

知らなかったという嘘も、その場で崩れた。

監査人は、元データを開いた端末一覧も示した。今朝の改竄は課長の自宅端末から行われ、直後に元ファイルを削除している。復元されたごみ箱には、《監査用はゼロで統一》という自分宛てメモまで残っていた。

人事役員は昇進承認の画面を閉じる。

課長が「数字は結果的に正しい」と食い下がると、監査人は最後のファイルを開いた。若手四人の退職面談記録。全員が課長の改竄指示を理由に挙げていた。

人事役員は候補者欄のチェックを外した。

「昇進審査は中止ではありません。結論が出ました」

監査人の表示名が本名へ戻る。

「部長に上げる判断を、懲戒審査へ送る判断に変更します」