名探偵は客室係
山上ホテルで推理愛好家大会が開かれた日、客室係の羽咋恭十郎は名札を見た参加者に取り囲まれた。
「まさか、あの名探偵・羽咋恭十郎先生?」
「客室係の羽咋です」
「身分を隠して潜入中なのですね」
「シーツ交換中です」
「現場保存!」
有名探偵と同姓同名だった。否定するほど、変装を貫く名探偵に見えるらしい。
婦人が駆けてきた。
「先生、真珠の首飾りが消えました!」
「洗面台に置きませんでしたか」
「なぜ分かるのです」
「清掃表に『忘れ物あり』と」
「内部資料を読み解いた!」
続いて紳士が言う。
「私の密室から、靴だけが盗まれた」
「廊下に出してありましたので、磨いておきました」
「犯人の目的は奉仕!」
「ホテルのサービスです」
三件目は、会場の金庫が開かない事件だった。
「暗証番号を誰も知らない」と主催者。
「昨日、会議室利用者が『四桁は開催年』と」
「盗み聞き?」
「机を拭いていました」
金庫は開いた。参加者たちは拍手し、羽咋の周りへノートを差し出した。
「推理の極意を!」
「引き継ぎ表を読むことです」
「情報の蓄積!」
「客室番号を確認すること」
「事実を見よ!」
「名前だけで人を決めつけないこと」
「深い!」
さらに、消えた大会旗は宴会場の間仕切りに挟まり、謎の足音は製氷機の振動と判明した。羽咋にはどちらも、前日の極めて重要な引き継ぎ事項だった。
最後の言葉だけ、誰にも届かなかった。
夕方、背広姿の男性がホテルへ現れた。受付で名を告げる。
「羽咋恭十郎です。講演に来ました」
参加者は客室係と探偵を見比べた。顔も年齢もまるで違う。
「では、こちらの先生は?」
「だから客室係です」
本物の探偵は、解決済みの三事件を聞いて笑った。
「私より早い。助手になりませんか」
「勤務時間と交通費によります」
「現実的だ」
大会終了後、羽咋はホテルを辞めなかった。ただし月に一度、探偵事務所の書類整理を手伝うことになった。
人違いは、採用面接になった。