図書館の返却箱
閉館間際、雨に濡れた本が返却箱へ入っていた。
司書の蓮見は、表紙を布で拭き、頁の間へ吸水紙を挟んだ。借りた人はビニール袋に入れていたらしいが、底が破れたようだ。
本は雨の写真集だった。世界各地の雨雲、窓、傘。濡れた頁に、さらに雨の写真が重なっている。
返却した青年、諒大はまだ入口にいた。申し訳なさそうに傘を畳んでいる。
「弁償になりますか」
「乾かしてから判断します」
蓮見は責めなかった。濡れた本を直すには時間がかかる。急ぐほど紙は破れる。
職員室の送風機の前へ本を立て、一頁ずつ開く。諒大も閉館まで手伝った。紙の間から、古い印刷インクと雨水の匂いがした。
「この写真が見たくて借りたんです」
諒大が指したのは、雨上がりの市場だった。濡れた果物に光が映っている。
「来月、その町へ行くので」
「晴れるといいですね」
「雨でも、この写真みたいなら」
翌日、本の頁は波打ちながらも乾いた。読むことはできる。弁償は不要だと連絡すると、諒大は新しい透明カバーを持ってきた。
「次に借りる人が濡らさないように」
蓮見は規定のカバーへ掛け替え、写真集を棚へ戻した。
数週間後、諒大から図書館宛てに絵葉書が届いた。市場は雨だったという。写真の果物より、現地の紙に滲んだ青いインクのほうが鮮やかだった。
蓮見は葉書を休憩室の窓辺へ置いた。外も小雨で、乾いた本の棚まで、遠い市場の濡れた石畳の匂いが届く気がした。
写真集は、修復済みの札をつけて再び貸し出された。次の借り手は小学生で、晴れの日に母親と来た。蓮見は透明カバーの端を確かめて渡す。少年は市場の頁を開き、「雨なのに果物が光ってる」と言った。諒大の葉書はその頁のそばには置かず、職員室に飾ったままにした。本棚には乾いた紙の匂いが戻っている。それでも頁の波へ指を滑らせると、遠い町の雨がまだ薄く触れた。