在庫番号ゼロ
四半期の棚卸しでは、帳簿より一脚多く事務椅子が見つかる。
余分な椅子の在庫番号はゼロで、請求先のない社員へ割り当てる。該当者は座ったままバーコードを読み取られ、新しい案件番号が発行されるまで立ってはいけない。食事と会議資料は座面まで届けられる。椅子を他人へ譲ること、車輪で建物の外へ出ることは禁止されている。
羽生田の所属プロジェクトは、棚卸しの前日に中止された。チームのチャットは午前中に閉じられ、机の観葉植物には行き先ラベルが貼られた。羽生田の鉢だけ、宛先欄が空白だった。
部長は「次が決まるまで」と言い、倉庫中央のゼロ番椅子を指した。羽生田はノートパソコンを抱えて座った。棚卸し担当が社員証と椅子のバーコードを続けて読み、端末へ《一脚・一名》と表示した。
最初の一週間、同僚は仕事を持ってきた。資料の確認、議事録の修正、誰も担当したくない問い合わせ。だが案件番号がないため、羽生田の作業時間は売上に計上されない。二週目から依頼は減り、三週目には同僚が背もたれへ上着を掛けるようになった。車輪の下には毎日同じ四角い埃の跡ができ、清掃員もそこだけは床として数えなかった。
社内公募へ応募すると、システムは《備品は応募できません》と返した。給与明細の氏名欄には、羽生田の代わりに《座面・黒》と印刷された。人事へ電話しても、「ゼロ番は在庫管理です」と穏やかに説明された。
羽生田は立てないまま、椅子の取扱説明書を読んだ。最後の頁に小さく、《案件番号は利用者が起票してもよい》とある。
彼は新規案件を登録した。名称は《ゼロ番椅子の社外搬出》。目的は、余剰資産の削減。責任者は羽生田。予算ゼロ、納期本日。
案件番号が発行され、椅子の固定が外れた。
羽生田は三週間ぶりに立った。誰も拍手せず、同僚は上着だけを回収した。彼は椅子へ発送票を貼り、搬出口まで押した。宛先は社長室、品名は《請求先のない判断》とした。
集荷員がバーコードを読むと、羽生田の袖でも同じ音が鳴った。見ると、社員証のあった位置に小さな在庫シールが貼られている。
番号はゼロではなかった。翌四半期の日付と、まだ社内に存在しない一桁の階数が印刷されていた。