地図の折り目
進路資料室の壁に、日本地図が貼られた。
合格した学校の場所へ、クラス全員が色付きのピンを刺す。
東京には赤いピンが集まり、県内には青いピンが並んだ。
私は地元の大学へ進む。学びたい環境科学の研究室があり、家から通える。自分で選んだつもりだった。
それでも、東京の赤い密集を見ると、取り残されたような気がした。
「まだ刺さないの?」
友人が東京の真ん中へ赤いピンを押し込みながら聞いた。
「あとで」
私は青いピンをポケットへ入れた。
放課後、誰もいなくなってから地図の前へ戻った。
県境の近くに、自分の大学を探す。地図は縮尺が小さく、町の名前までは載っていない。
「そこじゃないよ」
背後から友人が手を伸ばした。
彼女は地図を少し折り曲げ、県の形を指で確かめた。
「こっち」
「東京組は詳しいね」
嫌味になった。
友人は手を止めた。
「怒ってる?」
「別に」
「地元に残ること、嫌なの?」
「嫌じゃない」
「じゃあ何」
私は答えられなかった。
親戚は「親孝行」と言った。先生は「堅実」と言った。東京へ行く友達は「すぐ会えるね」と言った。
誰も、私の大学の研究内容を聞かなかった。
残る理由ばかり評価され、行きたい理由が見えなくなっていた。
「みんな、東京の大学名は覚えるのに、私のところは『地元』で終わる」
友人はしばらく黙った。
それから、自分の赤いピンを抜いた。
「私も大学名じゃなくて、東京って言われるの嫌だった」
都会へ行けば夢があると思われるが、本当は学びたいのは古い文書の保存だという。派手な東京生活に憧れているわけではない。
「場所で進路を説明すると、楽だからね」
彼女は地図を机から外した。
「何するの」
「折る」
東京と地元の大学が近づくよう、地図を蛇腹に折った。
地理的にはめちゃくちゃだった。
私たちは笑った。
地図を戻し、私は青いピンを刺した。
その横へ、小さな付箋を貼った。
『湿地の生態系を研究する』
友人も赤いピンの横へ書いた。
『古文書を守る』
翌日、付箋はクラス中に広がった。
『機械を作る』
『子どもを教える』
『まだ探す』
赤や青の色より、言葉のほうが目立った。
卒業式の日、地図にはたくさんの折り目が残っていた。
東京と地元の距離は変わらない。
けれど、どこへ行くかより何をしに行くかを言えたとき、私は青いピンを小さく感じなくなった。