大事な日の前夜
小春は、美容のことなら絵麻に任せている。
新作の化粧品を試す仕事をしている絵麻は、肌が荒れやすい小春へ毎月サンプルをくれる。「市販品を適当に買うより安全」と言い、成分表まで蛍光ペンで囲んでくれる。大事な予定の前夜には、必ず特別なシートマスクを届けてくれた。
翌朝、小春の頬はよく赤くなった。
絵麻はすぐ駆けつけ、冷たいタオルを当て、「また緊張が肌に出たね」と写真を撮った。経過をメーカーへ報告するためだという。写真を嫌がると、同じ失敗を防ぐためだと諭された。
不思議なのは、袋の切り口がいつも少し開いていることだった。絵麻は、成分を確認した跡だと説明した。もう一つ、赤みが引いたあとの写真では、小春の隣に必ず絵麻が写った。比較対象があると回復が分かりやすいらしい。
小春は自分の肌を恥じるようになった。デートを断り、面接を延期し、友人の結婚式ではマスクを外さなかった。絵麻はそのたび、「無理して人前に出なくていい」と家で映画を見てくれた。SNSには二人の写真が載り、絵麻の透明な肌を褒めるコメントの横で、小春は顔をスタンプで隠されていた。
転職の最終面接前夜、絵麻がまた銀色の袋を持ってきた。
小春は使ったふりをし、中身を小瓶へ移した。翌朝、「顔が腫れた」と連絡すると、絵麻は化粧もせず飛んできた。玄関へ入るなりカメラを起動し、まだ何も見ていないのに言った。
「右の頬、今回もひどい?」
赤くなるのは、いつも右だった。
小春が黙っていると、絵麻は洗面所へ向かい、使用済みの袋を探した。そこへ皮膚科医から電話が入った。小瓶の中から、表示にない高濃度の香料と刺激性の成分が検出されたという。
絵麻は、小春がきれいになろうと無理をするから止めたかった、と泣いた。仕事も恋愛も一気に手に入れたら、小春は自分を置いていく。肌を休ませる時間を作ってあげただけだと。
小春は警察へ渡すため、絵麻の端末に表示された写真一覧を撮った。
アルバム名は〈比較広告・絵麻の隣なら誰でも安心〉。
最終面接へ向かう小春の鞄には、未開封の銀色の袋がもう一つ入っていた。
裏面には絵麻の字で、面接日ではなく、採用発表日が書かれていた。