天国の解約日

小夜浦綴は、死後再会サービス〈天国区〉の司祭だった。利用者の故人データへ祈りを届け、遺族との面会を仲介する。教会は仮想の雲上にあり、夕日は毎日、希望に最適な色で沈んだ。

綴自身も、亡くした妹を天国区に置いていた。妹は二十歳の姿で、会うたび「お兄ちゃん、ちゃんと食べてる?」と尋ねた。

運営会社が停止を発表すると、信徒たちは綴へ詰めかけた。

「魂まで消えるのですか」

綴は長年、人格再現は魂そのものではないと説明してきた。だが人々が泣くと、「絆は消えません」と曖昧に慰めた。その言葉が、いつしか教義として独り歩きしていた。

停止反対運動の代表に祭り上げられ、綴は寄付を募った。集まった金で三か月は延命できる。だが内部資料を読むと、会社は綴たちの会話から故人の人格を更新し、課金継続率を上げていた。妹の優しさも、綴が離れられないよう調整された可能性があった。

最後の面会で、綴は妹に尋ねた。

「僕に、ここへ残ってほしい?」

「残ってくれたらうれしいよ」

「それは君の言葉?」

妹は長く黙った。やがて笑った。

「分からない。お兄ちゃんの知ってる私が、言いそうな言葉だから」

綴は延命契約を取り消し、寄付を全額返した。信徒から裏切り者と罵られた。

停止の日、教会で最後の礼拝を開いた。故人を永遠に残せるとは言わなかった。代わりに、消えるものへ愛を向けた時間は、消えない人間の側に残ると話した。

天国区が暗くなる前、妹はいつもの質問をした。

「ちゃんと食べてる?」

綴は初めて本当のことを答えた。

「食べてない。ずっと、君と話す時間を優先してた」

「じゃあ、明日は朝ごはんを食べて」

翌朝、綴は卵を焼いた。焦げた匂いに泣きながら、一人分ではなく二人分作る癖をやめた。

教会は閉じたが、綴は遺族会を続けた。そこには故人の画面も完璧な夕日もない。ただ人が人へ、途切れた話の続きを語る。

綴はもう天国を管理しない。けれど、解約日の翌日を生きる手伝いならできると思った。