失敗だけを乾かす赤い傘

雨の夜しか見つからない傘店〈晴れ間〉へ、舞台役者のロザンヌがずぶ濡れで入った。

店の外では、雲一つない空から彼女の頭上だけ雨が降っている。

「失敗を思い出すたび、こうなるんです」

初舞台で台詞を一行忘れて以来、恥じるたびに小さな雨雲が生まれるようになった。衣装は濡れ、床は滑り、仲間には降板を勧められた。誰より稽古した日まで、雨だけを見て怠けたと決めつけられた。明晩の再演でまた雨を降らせれば、今度こそ役を失う。

店主セージュは、赤い傘を一本だけ開いた。内側には、乾いた雲の刺繍がある。

〈悔雨傘〉です。雨を止めるのではありません。あなたが自分を責めて降らせた分だけ、傘が引き受けます」

「失敗そのものは消えない?」

「消したら、次の台詞まで忘れます」

ロザンヌが傘へ入ると、雨粒は布に弾かれず、赤い表面へ染み込んだ。濡れた髪から水が引き、床の水溜まりまで細い糸になって傘へ戻る。

セージュは舞台台本を差し出した。

「忘れた一行を、ここで言ってください」

ロザンヌの喉が固まる。あの夜の笑い声を思い出した途端、傘の上で激しい雨音が鳴った。それでも足元は乾いたままだ。

彼女は息を吸い、忘れた台詞を最初から言う。一度目は震えた。二度目は詰まらない。三度目には、店の奥まで届く声になった。

最後の言葉と同時に、刺繍の雲が白くほどける。傘の先から落ちたのは雨ではなく、透明な一滴だけだった。

「雨は、降っていいんだ」

「傘の下でなら、何度でも」

代金は銀貨六枚。ロザンヌは七枚置き、一本の細い赤糸を指した。

「余りで、ここの縫い目を補強してください。明日の舞台で使ったあとも、失敗するたび開きたいから」

セージュは釣り銭ではなく、補修の予約札を渡した。

翌夜、ロザンヌは傘を畳んで戻った。再演は成功し、舞台の最後まで床は乾いていたという。彼女は追加の銀貨を置き、「次の公演も借り物じゃなく、これを持って立つ」と笑った。

赤い傘の雫を拭き終えたとき、雨のない通りから、店のベルが一度だけ鳴った。