始発までのコインランドリー
久住翠から「迎えに来て」と届いたのは、披露宴の乾杯直前だった。
津久井萌花が指定された場所へ行くと、式場から二駅離れたコインランドリーに翠がいた。ドレスは脱いで、白いスリップの上に貸衣装のガウンを羽織っている。洗濯機の中では、赤ワインに染まったドレスがゆっくり回っていた。
「誰にかけられたの?」
「私が、自分で」
披露宴の主賓席に、翠の前の上司が座っていた。残業中に身体へ触れ、断ると査定を下げた男だった。翠は退職時、会社にも婚約者にも詳しく話している。新郎はそれでも、業界で顔が広いから今後の仕事につながる、と招待した。
萌花は人脈を大事にする。嫌いな相手とも席を囲み、使える縁なら切らない。翠が元上司の名前を聞くだけで顔をこわばらせるのを、仕事と感情を分けられないのだと思ったこともあった。
けれど、招待状を送ったのは新郎で、ワインを浴びたのは翠だった。
「ドレス、普通に洗っていいの?」
萌花が尋ねると、翠は「たぶん駄目」と答えた。二人で洗濯表示を探す。手洗い不可、ドライクリーニングのみ。もう遅かった。
萌花は式場へ電話し、衣装の破損を報告した。弁償の相談先を聞き、元上司が翠の居場所を尋ねても教えないよう伝える。翠はその間、自分のスマートフォンで新郎と家族へ、無事であることと、今夜は戻らないことだけ送った。
洗濯機が止まり、重いドレスを二人で取り出した。レースは縮み、赤い染みは薄い桃色に広がっている。萌花は「最悪」と言い、翠は少し笑った。
乾燥機には入れず、大きなビニール袋へ畳んだ。翠が裾を、萌花が身頃を持つ。きれいに戻らないものを、戻ったふりにはしなかった。
終電はもうなかった。萌花は始発まで一緒にいると決めたが、慰めるためではなく、元上司や式場関係者が来たとき一人にしないためだった。自販機で水を二本買い、翠の隣ではなく、一席空けて座る。
「寒くない?」
「少し」
萌花は自分のジャケットを渡さず、向かいの乾燥機を十分だけ回した。温かい空気が店内へ漏れ、二人の濡れた髪を揺らす。
午前四時半、翠は元上司の連絡先をブロックした。萌花も、自分の仕事用名簿から同じ番号を削除した。
二人の画面から、同じ名前が消えた。洗濯機は空のまま、次の客を待っていた。