姫の首飾り
競走馬の育成牧場を営んだ鹿取玄岳は、遺言にこう書いた。
〈姫の首飾りは、姫に認められた者へ〉
息子の大雅は即座に宝石商を呼んだ。
「父は海外の王族から競走馬を預かったことがある。首飾りは謝礼だ」
姪のルチカが牧場の写真をめくる。
「“姫”という馬がいたんじゃない?」
「馬に宝石を着けるか」
「優勝レイを首飾りと呼んだのかも」
「花なら枯れている」
「あなたの推理もね」
厩舎には〈プリンセス・ノック〉という大きな牝馬がいた。首には何もない。
牧場長が言った。
「この子に乗れた人へ渡すよう、先代から預かっています」
大雅は胸を張った。
「学生時代に乗馬経験がある」
「遊園地の引き馬で一周しただけでしょう」
「馬は馬だ」
「自転車に乗れたら競輪選手になれる理屈ね」
大雅が近づくと、プリンセスは後ろを向いた。
「認められていない」
「照れている」
「耳が完全に怒ってる」
「王族は気位が高いものだ」
ルチカがリンゴを差し出すと、馬は食べた。
「賄賂よ」と大雅。
「好感度を上げただけ」
「相続審査で利益供与」
「リンゴ一個で法廷用語を使わないで」
親族たちは次々に挑戦した。高級ニンジン、ブラッシング、賛美歌、経営計画の朗読。馬はすべて無視した。
叔父は王族向けの挨拶を練習し、伯母は首飾りの保険見積もりを取った。
「馬に敬礼してどうする」
「姫への礼儀だ」
「なら後ろへ立たないほうがいい」
「なぜ」
「すぐ分かるよ」
蹴られはしなかったが、泥はねで礼服が茶色になった。
最後に、牧場で働く十七歳の少年が現れた。彼が口笛を吹くと、プリンセスは自分から首を下げた。
「隠し子か?」と大雅。
「相続人を増やすな」とルチカ。
少年が馬のたてがみを分けると、小さな革袋が結ばれていた。中から出たのは、宝石ではなく古い蹄鉄型のペンダントだった。
裏には〈初勝利の日 玄岳と姫〉。
牧場長が笑った。
「姫というのは、この馬の祖母です。先代が最初に育てた馬でした」
大雅はため息をついた。
「鑑定額は?」
宝石商が答えた。
「銀製で一万二千円ほど。ただし、馬に認められたのはあの少年です」
プリンセスが大雅の帽子を食べた。
相続審査は、それで決着した。