婚約式より先に城壁が落ちた

近衛兵キルデアの婚約式は、王城の南壁で行われるはずだった。

だが式の直前、侯爵ヴォルケスが現れ、彼女を反逆者と呼んだ。

「下級兵が王族の護衛と婚姻など身の程知らずだ。無実を証明したければ、私の一撃を受けろ」

彼はキルデアの婚約者を政治的に取り込みたかった。偽造した密書も、買収した証人も用意済み。決闘に見せかけて彼女を殺せば、婚約は自然に消える。

キルデアは白い儀礼服のまま、城壁中央に立った。

「一撃だけですね」

「もちろんだ」

ヴォルケスは聖剣を壁脚へ突き立てた。

狙いは彼女ではない。南壁全体を崩し、事故に見せるつもりだった。支柱の術式が切れ、胸壁と鐘楼が花嫁衣装の上へ倒れる。

石煙が式場を覆った。

侯爵は悲しげな表情を作り、参列者へ向き直ろうとした。しかし煙の中で、白い布が同じ高さに見えた。

キルデアの長い手袋だった。崩落前、彼女は左手を胸へ、右手を剣の柄へ置いていた。その白が一寸も下がっていない。

煙が晴れる。

彼女は同じ姿勢で立っていた。白服も花冠も無傷。城壁は周囲だけ細かな石片になり、式の椅子へさえ届いていない。

崩落で割れた支柱から、ヴォルケスが仕込んだ改竄石が転がり出た。王城の術式と色が違い、参列した技師なら一目で分かる証拠だった。さらにキルデアの婚約者が、瓦礫を越えて彼女の隣へ立つ。侯爵が消そうとした婚約と罪の証拠が、どちらも最初の一撃で確定した。

「壁へ仕掛けたな!」

ヴォルケスは自分が仕掛けたことを忘れたように叫んだ。

キルデアは眉を上げる。

「あなたの剣が支柱を切りました。全員が見ています」

参列者の視線が侯爵へ移る。

追い詰められた彼は聖剣を抜き、今度こそ彼女の胸へ突進した。王家の結界さえ断つ最大出力。光と石粉が二人を包む。

煙が晴れても、キルデアは左手を胸へ置いたままだった。

聖剣の切っ先は儀礼服へ触れ、そこで止まっている。侯爵が押し込むたび、刃のほうが短くなった。

最後に澄んだ音が響き、婚約式を奪うために振るわれた聖剣は、鍔元から砕けた。