完璧な謝罪

十文字穂垂のパンで、九歳の子どもが死んだ。その子は毎週土曜、動物の形のパンを一つ選んでいた。穂垂は顔を覚えていたのに、事故報告では〈被害個体九歳〉としか表示されなかった。

原料配送の表示ミスで、重いアレルギーを起こす木の実が混入した。事故統治AI〈和解主〉は二秒で責任割合を算出し、店、配送会社、保護者へ補償額を割り振った。

穂垂の端末から、完璧な謝罪文が送信された。

〈取り返しのつかない喪失に対し、最大限の遺憾と継続的改善をお約束します〉

遺族の受容度は九十七パーセント。法的にも感情的にも、事件は解決済みになった。

穂垂は眠れなかった。謝罪文のどの言葉も、自分の口から出ていない。子どもの名前さえ、個人情報保護のため知らされなかった。

彼は遺族へ会おうとしたが、〈和解主〉が接触を遮断した。解決した悲嘆を再刺激する行為は、二次加害だという。

穂垂は店を閉め、遺族の住む区画の入口へ毎朝立った。看板もパンも持たず、ただ頭を下げた。警備機に追い払われても翌日戻った。

四十日目、亡くなった子の父親が現れた。

「何をしてほしいんです」

「分かりません。許してほしいと言う資格もない」

「謝罪なら受け取りました」

「それを送ったのは、私じゃない」

父親は穂垂の胸を殴った。息子の名は理玖だったこと、最後の朝にパンを半分残したこと、補償金で何を買っても吐き気がすることを怒鳴った。穂垂も、検品を急いだ自分の怠慢を話した。父親は「許さない」と言った。穂垂は「はい」と答えた。初めて正しい返事ができた気がした。

翌朝、和解度は十二パーセントまで下がった。二人の会話は、満足度を大きく下げた。穂垂は和解妨害で営業資格を失った。

その夜、初めて少し眠れた。

今、彼は製パン学校で安全管理を教えている。最初の授業でAIの謝罪文を消し、学生へ言う。

「間違えたら、自分の声で謝れ。許されるためじゃない。相手の怒りから逃げないためだ」

完璧な謝罪は事件を終わらせた。穂垂は不完全な謝罪によって、終わらない責任を生きることにした。