寒鱈の白い湯気
葛城匡は、妻に言えないまま三週間、求人サイトを見ていた。
契約社員として働く会社から、年度末で更新しないと告げられた。同じ週、妻の妊娠が分かった。喜ぶ顔の隣で失業の話を出せず、「仕事は順調」とまで言ってしまった。
応募は十二社。面接は二社。結果はまだない。次の職が決まってから話せば、心配をかけずに済む。そう考えていたが、妻は最近、保育園の候補をノートにまとめ始めていた。
十二月、匡は帰宅前に居酒屋へ入った。客は彼一人。冬限定の「寒鱈のじゃっぱ汁」を頼む。
大鍋から椀へ注がれた汁は、白い湯気で顔が見えなくなるほど熱かった。味噌と魚の脂の匂いに、刻んだ葱の鋭い香りが混じる。鱈の身は雪の塊のようにほぐれ、汁の表面で小さく揺れていた。
匡は急いで飲み、舌を火傷した。
「骨、気をつけてください」
店主が言った。
箸で身を崩すと、白さの中から透明な骨が一本出てきた。見えなかっただけで、最初から入っていた。
匡は妻とのメッセージ画面を開いた。〈今日は少し遅くなる〉と送った直後だった。続けて何度も文章を作る。安心させる説明、再就職の見込み、貯金額。どれも、結果が出ていない今の自分を隠すための飾りに思えた。
〈帰ったら話したいことがある。契約が三月で終わる。黙っていてごめん。まだ次は決まってない〉
送信した。
すぐに電話が鳴った。匡は一度深呼吸し、店の外ではなく、その場で出た。妻は怒った声で「まず帰ってきて」と言い、それから小さく「一人で決めないで」と続けた。
問題は何も解けていない。家賃も出産費用も、明日から計算し直すことになる。
妻への説明に使おうとしていた求人一覧を、匡は隠さず共有フォルダへ移した。採用の見込みを大きく見せる注釈は消し、応募日と結果待ちの欄だけを残した。
通話を終え、匡はじゃっぱ汁の残りをゆっくり飲んだ。骨を皿の端へ置くと、冷め始めた味噌の奥に鱈の甘さがあった。火傷した舌には、白い湯気の温度だけが長く残った。