将軍から戦争を抜く
荻生千景は、戦争を終わらせるためにアップロードされた。
生前の彼は統合軍の将軍で、何万人もの兵士を動かした。死後も戦略判断を続けられるよう、地図を見た瞬間に補給路と死者数を計算する思考回路ごと保存された。
戦争は十二年後に終わった。
だが千景は停止されなかった。政府は彼を「国家の経験」と呼び、新兵教育や兵器開発に使った。平和な時代の若者が仮想演習へ入るたび、千景は最も効率よく敵を殺す方法を教えた。
百年後、博物館の見学に来た少女が訊いた。
「勝ったとき、うれしかったですか」
千景は答えようとして、頭の中に作戦図しかないことに気づいた。丘の名前、砲弾の数、損耗率。部下の顔は、兵力を示す青い点へ圧縮されていた。
「分からない」
将軍が初めて口にしたその言葉を、案内係は通信障害として処理した。
後日、千景は人格医へ相談した。戦術記憶を消せば兵器としての価値は失う。しかし消去範囲は広く、軍人になる前の自分まで欠ける可能性があった。
「それでも、残るものはありますか」
「保証できません」
政府は消去を認めなかった。千景は国家財産だった。
彼は博物館の公開時間を利用し、来館者一人ひとりへ同じ頼みをした。
「私を、人として廃棄してください」
署名は最初、反逆者の戯言として笑われた。だが、かつて彼の命令で死んだ兵士の子孫たちが応じ、やがて国民投票になった。
承認の日、戦術領域が切り離された。
目覚めた千景は、地図を見ても何も感じなかった。自分の階級も勲章も思い出せない。代わりに、どこからか短い子守歌が浮かんだ。出征前の夜、幼い娘へ歌ったものだった。娘の顔は戻らなかったが、声の震えだけは残っていた。
千景は博物館を出られなかった。肉体も戸籍もなく、行く場所がなかった。
そこで彼は、戦没者名簿の読み上げ役を始めた。戦術データでは数字だった名前を、一人ずつ声にした。読み間違えるたび調べ、出身地や好きだった食べ物を覚えた。
将軍を失った国は、少しだけ戦争に弱くなった。
一人の人間に戻った千景は、ようやく平和の役に立てるようになった。