巡礼宿の二膳目

 桧森路央は、第一志望の大学に落ちた春、古い巡礼道を三日だけ歩いた。

 浪人するか、合格した別の大学へ行くか、家族は「どちらでも応援する」と言った。

 どちらでもよいと言われるほど、正しい答えを自分で選ぶのが怖かった。

 初日の宿は寺の門前にある小さな旅籠だった。

 夕食の卓には、同じ道を歩く人が何人かいたが、路央は端へ座った。

 隣の年配の男性は、食べ終えるとすぐごはんをおかわりした。

「よく入りますね」

「歩いたから」

「僕はあまり」

「歩いた距離が違うんでしょう」

 男性は大学のことも将来も訊かなかった。

 代わりに、明日の坂は朝の方が涼しいと教えた。

 翌朝、路央は一人で出発した。

 石畳は湿り、杉の根が道へ出ている。

 急いで追い越した人に、休憩所でまた追いつかれた。遅い人にも、坂の途中で追いつかれた。

 歩く順番は何度も変わり、誰が先でも最後でもなくなった。

 昼、道沿いの茶屋で焼き餅を頼んだ。

 味噌を塗った表面が焦げ、香ばしい匂いがした。

 店の女性が、路央の白い納経帳を見て言う。

「まだ何も押してないの?」

「三日しか歩かないので」

「一つでも、白いままでも、帳面は帳面よ」

 路央は最初の寺で印をもらった。

 朱色は少しにじみ、中央からずれている。

 完璧に集められないものへ一つだけ印を押すことが、なぜか気持ちよかった。

 二泊目の宿で、前夜の男性とまた会った。

「同じ速さでしたね」

 路央が言う。

「別々に寄り道しただけ」

 夕食は、山菜の煮物と豆腐の味噌汁。

 路央は一膳を食べ終え、少し迷ってごはんをおかわりした。

「よく入るね」

 男性が笑う。

「今日は歩いたので」

 三日目の終点で、路央は進路を決めなかった。

 ただ、合格した大学の資料をもう一度読むことにした。行ってから違うと思えば、別の道を考えてもよい。

 一度選んだ道を最後まで歩かなければ、旅ではないわけではない。

 帰りの駅で、宿が持たせてくれた塩むすびを食べた。

 海苔の香りと米の温かさが、歩いた脚へ戻る。

 納経帳には印が三つだけ。その間には白い頁がたくさんある。

 路央はそれを足りないとは思わず、これから寄り道を書き込める余白として鞄へしまった。