市長は泣かなかった
石動奈留は、洪水犠牲者の追悼式で共感十四点を出し、市長選に敗れた。
政治家の演説には感情採点が義務づけられていた。涙の真実度、被災者への痛み、怒りの純度が画面に表示される。対立候補は壇上で声を詰まらせ、共感九十三。奈留は犠牲者名簿を読み上げても、顔色一つ変えなかった。
彼女は洪水の夜、避難所の配置、医薬品の輸送、壊れた橋の迂回路を決めていた。泣けば判断が遅れると思い、感情を後ろへ押し込んだ。その癖は追悼式にも残った。
有権者は「人の心がない」と言った。
落選後、奈留は市役所を去った。長年の部下も距離を置き、商店街では握手を断られた。家では初めて泣いたが、選挙端末を外したあとだったので、誰もその点数を知らない。次の市長は共感点の高い演説を毎週配信したが、防災倉庫の更新は地味で票にならないとして先送りした。
奈留は民間の災害物流会社へ入った。カメラのない倉庫で、毛布の数を数え、道路の勾配を調べ、透析患者の移送表を作った。感謝されることも、名前が報道されることもなかった。
四年後、台風が市を襲った。
川があふれる前に、奈留の会社の車両が高齢者施設へ着いた。避難所には乳児用の水と薬が届き、孤立地区へ小型艇が回った。現市長は会見で涙を流し、共感九十五を記録したが、質問された物資の行き先を答えられなかった。
記者が倉庫にいた奈留を見つけた。
「市民が亡くなるかもしれない今、何を感じていますか」
「南倉庫の発電機が一台足りません」
「感情を聞いています」
「だから急いでいます」
画面には共感十七と出た。その映像は、前回とは違う意味で広まった。
次の選挙に出てほしいという署名が集まったが、奈留は断った。代わりに市の防災計画を公開で作る条件を出し、感情点ではなく備蓄率を毎月表示させた。
追悼式の日、奈留は最後列に立った。涙はなかった。
式が終わるとすぐ倉庫へ戻り、来年分の水を発注した。
それが彼女の悲しみ方だと知る人は、以前より少し増えていた。