帳簿を燃やした夕暮れ
徴税吏ベルクは、領主の二重取りを告発して職を失った。
口止め代わりに渡されたのは、滞納農地の権利書だった。十年放置され、帳簿の上では「耕作不能」と赤字で記されている。
ただし契約には一つだけ抜け道があった。
日没までに作付けを始めれば、その年の地代は免除される。
初日、ベルクは広い畑を前に、豆を六粒だけ取り出した。
耕せるのは一列でいい。縄で十歩を測り、等間隔に穴を開ける。土は固かったが、数字は裏切らない。二歩ごとに一粒、深さは指二本。最後の穴を埋めたとき、太陽は山の端へ触れていた。
豆を埋めるたび、ベルクは穴の横へ小さな切り込みをつけた。六粒を一列に並べれば、発芽しなかった場所も分かる。机上では百枚の帳簿を一晩で処理できたが、土は一穴ごとに固さが違った。石へ当たれば位置を半歩ずらし、湿りが足りなければ水を一匙足す。最後に種袋の残量まで書き留める。役人の癖が抜けない自分に苦笑したが、今度の数字は誰かを苦しめる税額ではなく、明日芽を待つための記録だった。書き終えた板を畝の端へ立てると、六つの印が夕日の中で小さな約束のように並んだ。
そこへ領主の代官が、没収札を持って現れた。
「期限切れだ。耕作の証拠がない」
ベルクは懐中時計を開いた。
「日没まで、あと七分あります」
「豆六粒で畑と言えるものか」
「契約書には、面積の規定がありません」
代官が羊皮紙を奪って読み直す。確かに《作付けを開始した場合》としか書かれていない。
ベルクは最後に、畝の札へ日付と時刻を書いた。代官の前で証人欄を差し出す。
「無効だと言うなら、署名を。明日の裁判で、領主様の契約文が無効だと証言していただきます」
代官は羽根ペンを握れず、没収札を持って帰った。
ベルクは小屋へ戻ると、昔の徴税手引書を一枚ずつ炉へくべた。紙の端が丸まり、赤い火が鍋底を舐める。
麦粥がことこと煮え、乾燥茸の匂いが立った。
窓の外には、たった六粒ぶんの畝。
帳簿の上では小さな数字でも、あれは彼が誰にも取り上げさせなかった最初の収穫予定だった。