廃線前夜の片道券
燈子の故郷へ向かうローカル線が、来春で廃止される。
鉄道会社から届いた記念乗車会の招待状には、往復券の申込欄があった。出発駅と帰着駅は同じ。乗って、終点で一時間過ごし、また戻るだけの企画だった。
燈子は申込書の「往復」に線を引き、「片道」と書きたくなった。
故郷への帰郷を考えていた。鉄道がなくなる前に戻れば、最後の列車を日常として使える。そんな考えは美しく、同時に危うかった。廃線は町が燈子を呼ぶ合図ではない。乗客が減ったという現実で、帰ったあとには不便だけが残る。
スマートフォンには二つの経路が保存されている。東京の部屋からよく通う映画館まで三十八分。故郷の候補住宅から最寄りの大きな町まで、廃線後はバスで一時間十二分。地図上の青い線は、未来になると途中で途切れる。
二十九歳の焦りは、最終列車のベルに似ていた。今乗らなければ二度と乗れない。だが、本当に選びたいのは列車なのか、その先の生活なのか。
燈子は鉄道会社へ電話した。
「往復券を片道だけ使ってもいいですか」
係員は、企画上は往復で参加してほしいと答えた。安全管理のため、終点に残ることはできないという。
燈子は「分かりました」と言い、参加を辞退した。
記念乗車会の封筒には、硬い紙の特製切符が入っていた。金色の文字で「最後の往復」と印刷されている。燈子はそれを返送用封筒へ戻した。人生の節目としては美しすぎる切符だった。町へ住む日々には、雨で遅れる普通列車や、乗り継ぎに失敗する午後のほうが多い。
電話を切ったあと、胸の奥がひどく静かになった。帰郷を諦めたわけではない。ただ、廃線前夜という締切に自分の人生を預けるのをやめた。
翌週、燈子は通常列車の片道券を買った。記念印も、特別な車内放送もない昼便だった。終点で降り、そのまま候補住宅の鍵を受け取る予約を入れた。
鞄には、東京へ戻る高速バスの未使用券も入っている。帰りたくなれば使える。逃げ道を持つことを、以前の燈子なら恥じただろう。
だが片道券だけで勇敢な人になったふりはしない。
戻るための切符と、戻り直すための切符の両方を、自分のお金で買った。