忘れ物経理課

出張中に拾った物の持ち主が三度の照会で判明しなければ、忘れ物経理課へ経費申請する。品物と、拾った時刻、場所、移動目的を書いた伝票を封筒へ入れる。翌朝、品物と同じ重さの硬貨が精算箱へ戻る。硬貨は拾得場所へ行くためにだけ使え、月をまたいで持ち越せない。

忘れ物経理課の勘定科目はあったが、経理部の誰も担当者を知らなかった。

営業の小此木は、地方支社の会議室で紺色の折り畳み傘を拾った。柄に細い傷が三本あり、内側へ白い糸で小さな星が縫われている。五年前、同期の元同僚へ誕生日に贈った傘だった。

二人は新人時代、同じ路線で出張を繰り返した。元同僚が独立すると言ったとき、小此木は安定した会社を捨てるのは無謀だと笑った。彼女は「心配じゃなくて、置いていかれるのが嫌なだけでしょう」と言い、その後連絡を絶った。

支社の全員へ三度照会した。誰も傘の持ち主を知らなかった。受付記録にも彼女の名はない。規則どおり忘れ物経理課へ申請した。

翌朝、傘は消え、精算箱に古い硬貨が二十七枚入っていた。現在の貨幣ではない。二人が新人研修で使った私鉄の乗車券代用メダルだった。合計重量は傘と同じ三百十二グラム。

硬貨は拾得場所へ行くためにだけ使える。小此木は帰社予定を変更し、メダルを駅の改札へ入れた。廃止された投入口が開き、二十七枚を一度に飲み込んだ。発車案内には会社名も駅名もなく、〈忘れ物経由〉とだけ表示された。

来た電車には誰も乗っていなかった。座席に紺色の傘が置かれている。拾得物は経理課の所有なので持ち帰れない。小此木は向かいに座った。

電車は雨の町を通り、彼女が独立すると話した喫茶店の前で止まった。ドアは開かなかった。窓越しに、閉店した店の奥で誰かがノートパソコンを開いていた。顔は見えない。紺色の傘だけが窓へ近づき、内側から一度、ガラスを叩いた。

終点で小此木が降りると、手には精算伝票だけが残った。摘要欄に〈持ち主確認済〉と押されている。確認者の署名は彼自身の筆跡だった。

月末、経理から一円だけ不足していると連絡が来た。机の下を探すと、見たことのない銀色の硬貨があった。表には傘、裏には閉じた喫茶店の扉が刻まれている。

硬貨を指で弾くと、空中で開いた傘の形に止まった。その内側から一滴だけ雨が落ち、提出済みの伝票の「移動目的」という欄を、丸く消した。