拍手の届かない部屋

三田の隣室からは、週に一度、大きな拍手が聞こえる。

 木曜の午前零時すぎ。音楽が高くなり、司会者らしい声が響き、たくさんの手が一斉に鳴る。テレビの公開番組か、録画したライブなのだろう。拍手は壁を通ると輪郭を失い、雨のような音になる。

 今夜、三田は会社の企画会議から帰ってきた。

 三週間かけた案は採用されなかった。理由は悪くない。時期が違う、予算が合わない、今回は別案を優先する。上司は資料を返しながら、次に期待していると言った。

 部屋のデスクには、持ち帰った企画書がある。

 捨てるほど失敗ではなく、飾るほど成功でもない紙の束。三田はバッグから出せず、床へ置いたままにしていた。

 天井の照明を消し、デスクライトだけを点ける。空調の送風音、パソコンの待機ランプ、窓を打つ雨。やがて隣の番組が始まり、遠い音楽が壁から滲んだ。

 三田は拍手が苦手だった。

 誰かが選ばれた瞬間、自分が選ばれなかったことまで確定するように思える。だから受賞式も、発表会も、動画で見ないようにしていた。

 企画書の表紙には、自分でつけた題名がまだ黒く残っている。会議室ではその文字を隠すように資料を伏せたが、部屋で見ると、考えた時間まで不採用になったわけではないと分かった。デスクライトの熱が、紙の端をわずかに温めていた。隣の音楽が盛り上がり、今夜の拍手が来た。

 大きく、長い。三田は耳を塞がなかった。壁越しの拍手は自分へ向いていない。自分を責めるためにも鳴っていない。ただ向こうの誰かが、別の誰かの晴れた瞬間を見ている。

 拍手が収まるまでに、三田はバッグから企画書を出した。

 最初のページだけを読み返す。直したい箇所へ付箋を一枚貼り、透明なファイルへ入れた。明日すぐ再提出するつもりはない。捨てないと決めただけだった。

 番組はCMへ入り、隣室も急に静かになった。雨と空調が戻る。

 三田はデスクライトを一段暗くし、企画書を引き出しへしまった。拍手のない部屋でも、紙は残る。今夜は評価の続きを考えず、一人で眠ってもいいと思えた。