指一本の亀裂を縫う

「小指より短い亀裂を一つ塞ぐ? 皿の修理屋でも食べていけまい」

結界工房の試験で、ルヴァークは無能と判定された。

【魔法:《細継ぎ》――無生物にある小指より短い亀裂一つを、元の材質のまま塞ぐ】

欠けた部分は戻せず、大きな割れ目には効かない。一日に一度。ルヴァークは王都結界塔の雑役へ回された。

彼は磨き布へ付く蒼い粉を毎日量り、光のひびが増えても粉が増えないことに気づいた。見えている傷の多くは、実体ではないと疑い続けた。

敵軍の砲撃が始まると、王都の半球結界が明滅した。

結界核の蒼晶は人の背丈ほどあり、表面には無数の光のひびが走っている。結界卿ブランガは修復術を重ねたが、蒼晶は古代素材で、現代の魔力を異物として弾いた。次の砲撃で核は砕け、城壁も避難区も裸になる。

「大きなひびから塞げ!」

工房長たちは金帯を巻きつけた。しかし光のひびは一本塞ぐたび別の場所へ増える。

ルヴァークは十年間、毎朝蒼晶を磨いていた。無数に見える亀裂のほとんどは、内部を走る光が表面へ映した影だ。本物の傷は基部の裏側、台座に隠れた小指ほどの一本だけだった。そこから漏れた魔力が、核全体へ偽のひびを投影している。

「核を持ち上げろ。下に最初の傷があります」

ブランガが兵へ命じ、蒼晶が鎖で指一本ぶん浮く。台座との間に、髪ほど細い黒線が現れた。

ルヴァークはそこへ手を差し入れる。

《細継ぎ》

黒線が消えた。

蒼晶を覆っていた光の亀裂も、根からほどけるように消えていく。結界は明滅をやめ、青く厚みを増した。直後に飛来した敵の最大砲弾が半球へ当たり、雨粒のように砕けた。

王都から歓声が上がる。敵軍は切り札を失い、夜のうちに退いた。

工房長が「傷が小さかったから直せた」と言う。

ブランガは蒼晶の影へ残った偽のひびを指した。

「我らは大きく見える傷に群がり、始まりを見なかった」

結界卿は塔の青印をルヴァークへ渡す。

「今日から王都が割れたと騒ぐ前に、おまえが最初の一本を探せ」