提出窓口は十七時まで

市役所の受付終了まで、あと十分だった。

圭吾と都は、離婚届を挟んで長椅子に座っていた。証人欄も署名も埋まっている。残るのは、窓口へ出すだけだった。

「印鑑、持った?」

「今は要らないって」

「そうだった」

夫婦になって七年。最後の会話まで事務的なのが、二人らしい気もした。都の鞄には、新婚旅行で買った革の書類入れがある。離婚届の角だけが、そこから白く覗いていた。

都が共有タブレットを初期化しようとすると、メッセージアプリに未送信の下書きが一件残っていた。宛先は圭吾。

〈離婚届、まだ出さないで。うまく話せないから、相談する場所を探した。一度だけ一緒に来て〉

作成日は三か月前。圭吾が用紙を持ち帰った夜だった。

「これ、何」

「送れなかった」

「相談って」

「夫婦カウンセリング。予約も取った」

「聞いてない」

「あなた、もう決めた顔をしてたから」

圭吾は、あの夜を思い出した。都は台所で何度もスマートフォンを持ち上げていた。圭吾は連絡相手がいるのだと思い、問いただす代わりに寝室へ行った。翌朝、都が署名した離婚届だけが置かれていた。

「俺は、君に別の人がいると思った」

「私は、あなたにもう私がいないと思った」

番号表示が一つ進む。残り七分。

圭吾は下書きの予約先を開いた。キャンセル履歴が残っている。都は一人で相談所へ行き、待合室で一時間待ってから取り消していた。

「今からでも」

「三か月前の私は、そう言ってた」

「今の君は?」

「今日ここに来た」

都は、予約していた相談所のカードを財布から出した。角が柔らかくなるほど持ち歩いたあとがあった。だが有効期限は先月で切れている。

窓口から番号を呼ばれる。あと四分。

圭吾は離婚届を持ち上げたが、立てなかった。都も急かさない。下書きの一行が、最後の綱ではなく、切れた時刻を知らせる記録に見えた。

「送ってくれれば」と圭吾が言う。

「聞いてくれれば」と都が返す。

二度目の呼び出しがかかる。

都はタブレットから下書きを削除し、合鍵を離婚届の上に置いた。圭吾は鍵をポケットへ入れず、受付台の脇にある返却用封筒へ収めた。

十七時のチャイムが鳴る直前、圭吾は離婚届を窓口へ滑らせた。