改札前の青いパンフレット
本庄汐里は、名古屋公演の帰りに青いパンフレットをなくした。
表紙には推しの顔、内側には観劇した日ごとの感想。会社では舞台好きを隠しているので、移動中だけ読もうと鞄から出し、駅のベンチへ置き忘れたらしい。
余白には、初めて一人で遠征した日の乗換ミスや、雨の劇場前で傘を貸してくれた人のことまで書いてある。名刺を挟んだのは、なくしたとき戻るようにするためだった。それなのに、戻る道を作った自分自身が、連絡を恐れていた。
月曜の午前、総務の受付から内線が来た。
「名古屋駅の忘れ物センターから、本庄さん宛てに連絡です。青い冊子を預かっているそうです」
パンフレットには、出張用の名刺をしおり代わりに挟んでいた。作品名まで電話で告げられたのではないか。汐里は受付へ走った。
総務の女性は、周囲に聞こえない声で続けた。
「先方は舞台のパンフレットと言っていました。でも、ほかの人には青い冊子とだけ伝えますね」
汐里が礼を言うと、彼女は「大事そうでしたから」とだけ答えた。趣味を守られた安堵と、守られなければ困るものとして扱っている後ろめたさが同時に残った。
週末、汐里は名古屋駅へ受け取りに行った。忘れ物センターの若い係員が、透明袋に入ったパンフレットを差し出す。袋の上からでも、表紙の俳優名が見えた。
「書き込みがあったので、持ち主に戻ってよかったです」
係員の名札には、同じ作品の小さな青いピンがついていた。汐里が見つめると、彼女は少し笑った。
「勤務中なので、これだけです」
二人は作品の話をしなかった。それでも十分だった。
会社へ戻った月曜、汐里は総務の女性へ菓子を渡した。何をなくしたのか尋ねられる前に、青いパンフレットも差し出す。
「これです。遠征して観た舞台の、大事な記録です」
総務の女性は表紙を眺め、「きれいな青ですね」と言った。
汐里はパンフレットを鞄へ隠さず、デスクの本立てへ差した。青い背表紙だけが、仕事の資料の間からまっすぐ見えていた。