料理教室のスポンサー
藤巻千鶴は、近所の料理教室で日和を見せ物にした。
「この子の実家、田舎で野菜を作っているの。素材頼みで、味付けはまだまだよ」
日和が持参したトマトを端へよけ、自分が買った高級ブランド野菜を中央に並べる。教室の仲間たちは気まずそうに笑った。日和のトマトは香りだけで部屋を満たし、講師が一度手に取ったが、千鶴は『見栄えが悪い』と取り上げた。表面の小さな傷は、糖度が上がった証だった。
その日は、新しい協賛企業のお披露目でもあった。講師は落ち着かない様子で時計を見ている。
千鶴は日和にエプロンの洗濯と床掃除を命じた。
「スポンサーの方が来るんだから、農家の嫁は裏方にいた方がいいわ」
間もなく黒塗りの車が到着し、食品会社の役員、ホテルの総料理長、テレビ局の取材班が入ってきた。先頭の男性は日和を見ると、泥の付いた小箱を差し出した。
「今年の一番果だ。味を見てくれ」
日和の父、穂高宗一だった。
司会者がカメラへ向かって説明する。
「穂高アグリグループは、農場、種苗研究所、食品メーカー、レストランを世界展開する企業です。日和が『田舎の畑』と呼んでいた場所は、大学と共同研究を行う巨大実験農園で、土地だけでも一つの町ほどの広さがありました。本教室も穂高財団の食育事業として全面改装されます」
千鶴は慌ててブランド野菜の箱を持ち上げた。
「私、昔から穂高さんの商品を愛用していますの」
総料理長が箱の生産者表示を見た。
「こちらも穂高グループの一般流通品ですね。日和様がお持ちになった一番果は、契約店にも年十箱しか出ないものです」
講師が千鶴の前からトマトを取り戻し、日和へ包丁を渡した。
「新カリキュラムの監修をお願いいたします」
「私がですか?」
宗一が笑った。
「お前の舌は研究所でも一番信用されている。結婚で休んでいただけだろう」
千鶴は取り繕うように手を叩いた。
「まあ、嫁が先生なら、私は特別助手に――」
財団職員が名簿を確認した。
「藤巻千鶴様は、日和様を無給の清掃要員として登録しようとした方ですね。受講継続には新責任者の承認が必要です」
教室の看板が裏返され、新しいプレートが現れた。
『穂高食文化学院 学院長・藤巻日和』