新品の手触り
三留郁弥は、古い椅子を直す職人だった。父から継いだ工房で、木の傷を残し、擦れた肘掛けへ油を塗った。だが触覚広告が普及すると、客は修理へ来なくなった。量販店の薄い板でも、脳には無垢材の重さと職人仕上げの滑らかさが送られる。
郁弥の椅子は高く、節も傷も本物だった。広告の椅子は安く、座れば百年物の革に感じた。工房は赤字になり、郁弥は量販店から感触データの制作を請け負った。父の椅子を撫で、その微かな凹凸や温度を数値へ変える。商品名は〈名匠の手〉だった。
売上は伸びた。街中の机や電車の座席まで、父の工房と同じ手触りになった。郁弥は豊かになったが、実家へ帰って父の椅子に触れても、量販店の棚と区別できなくなった。思い出の感触が、広告として何百万回も配られていた。
大規模停電の日、街から触覚補正が消えた。店頭の椅子は薄く軋み、表面のフィルムが指に貼りついた。客は騙されたと怒ったが、翌週には配信が戻り、また買い始めた。
父は生前、傷を消しすぎるなと言っていた。肘掛けのへこみは、誰かが長く座った証拠だからだ。だが郁弥が提供したデータでは、会社が傷を「心地よい経年」として均一に整えた。何十年もかけて生まれた凹みが、買った瞬間から万人の指に同じ位置で現れる。郁弥は、父の仕事だけでなく、使った人々の時間まで商品にしたことを恥じた。
郁弥は契約を解約し、父の感触データを削除するよう求めた。会社は、学習済みの触覚は企業資産だと拒んだ。彼は裁判に負け、工房も手放した。
残った道具を持って、郁弥は地域の修理教室を始めた。参加者には最初に端末を切ってもらう。ささくれで指を刺す人も、塗料のべたつきに顔をしかめる人もいた。郁弥は謝らず、紙やすりを渡した。
一人の少女が直した机を撫で、「新品みたい」と言ったあと、言い直した。
「新品じゃない。私が直した手触り」
郁弥はうなずいた。父の感触は取り戻せない。けれど、触った人の時間まで複製することは、まだ誰にもできなかった。