明日にはやむ雪
「雪は明日にはやみます」
北の果ての宿〈銀樅亭〉で、女主人ヴァルカは毎朝、玄関前の雪を掻く。凍った外套を乾かし、客の頬へ獣脂を塗り、窓の隙間へ毛糸を詰める。吹雪の土地では、それだけで一日が終わる。それでも宿の裏庭には冬でも小さな薬草が咲き、凍傷で運ばれた旅人は一晩で歩けるようになった。皆、温かいスープのおかげだと思っている。
狼族の少年セトは、南へ向かう隊商を待っていた。だが七日続く雪で道は閉ざされ、迎えは来ない。少年は強がって薪割りを手伝ったが、夜になると窓辺で母の鈴を握っていた。
八日目の夜、宿の屋根より大きな白い顔が窓外へ現れた。冬冠巨人。季節を食い止め、国を永遠の冬へ閉じ込める古神だった。息を吐くたび、薪の火が消え、眠る客のまつ毛まで凍る。巨人の足元から冬が南へ走り、このままなら朝には王都まで白く閉ざされる。
ヴァルカは洗濯籠から白い布巾を一枚取り出した。
「また積もりましたね」
窓を少し開け、布巾を外へ振る。
吹雪が吸い寄せられた。雪雲も北風も冬冠巨人の巨体も、布の白さへ溶け込んでいく。巨人が山をつかんで抗ったが、ヴァルカが布巾を四つ折りにすると、山ごと静かになった。最後に残った王冠は、小さな雪の刺繍になった。布の内側で古神は吹雪を起こそうとしたが、ヴァルカが息を一つ吹きかけると、春の雨音へ変わった。
セトは見た。布を畳む指の周りに、春の花が一瞬咲いたのを。大魔法使い〈季節渡り〉が冬戦争を終わらせたときと同じ奇跡だった。
「女将さんは、春を呼べるの?」
「朝食の支度ならできますよ」
ヴァルカは窓枠の氷を削り、屋根のひびを撫でて直した。床の雪は鍋へ入れて湯にし、巨人の足跡には新しい雪をかぶせる。客室の火も戻り、誰も古神の顔を見なかった。
翌朝、空は抜けるような青だった。隊商の鈴が南の道から近づき、セトは歓声を上げる。
荷物を背負う少年へ、ヴァルカは雪の刺繍が入った布巾を見せなかった。北の空で新しい雲が湧くと、刺繍の巨人が小さく暴れる。彼女は布を籠の底へ押さえ、天候への命令のように、いつもの穏やかな声で言った。
「雪は明日にはやみます」