晴天契約を解除する
収穫開始まで十二分、雨宮壱成の農業ドーム端末に通知が届いた。
〈五十一歳の君より。降雨弁を開くな。湿度二十八%を守れ〉
砂漠都市で育てた高糖度トマト。湿度が三十%を越えれば輸出契約は失格になる。制御卓には、娘が折った青い紙風車。整備員が無線で言った。
『晴天維持、あと十二分です』
壱成は降雨弁を閉じたままにした。葉は乾いた音を立て、糖度計は契約値を示す。収穫認証が下りた瞬間、紙風車が逆に回り、十二分前へ戻った。
〈降雨弁を開くな〉
『晴天維持、あと十二分です』
二度目は霧吹きだけ使った。三度目は根へ直接給水した。差分で糖度は上がるが、認証されるたび時間は戻る。未来の自分は風量、照明、収穫する列まで細かく指定した。
十九回目、成功条件が表示された。
〈湿度二十八%で認証後、乾燥耐性種子の特許申請を送信〉
未来の壱成は、その特許で世界最大の種苗会社を築いていた。添付された農業地図では、自然降雨に対応できない契約農家が毎年同じ種を買い、古い在来種は「不安定」として市場から消えている。ドームの晴天は技術ではなく、依存を売るための天気だった。
二十回目、壱成は降雨弁を開いた。湿度三十一%。認証失格になり、時間が戻る。
二十一回目は特許だけ放棄した。契約が成立したため戻る。
未来が求めているのは種子ではない。雨を排除した成功例そのものだ。
二十二回目。
『晴天維持、あと十二分です』
壱成は降雨弁ではなく、ドーム天井の非常開放スイッチを押した。乾いた膜が割れ、本物の雲から大粒の雨が落ちてくる。完熟したトマトの皮が次々に裂け、輸出契約の損失額が赤く積み上がった。農地のリース契約も解除され、壱成の保証金では足りない。
未来から通知が三度来た。
〈閉じろ〉
〈今年だけ守れば会社になる〉
〈娘に何を残すつもりだ〉
壱成は特許申請を削除し、輸出契約の〈自主解除〉を確定した。
「天気まで相続させない」
収穫時刻を過ぎても、紙風車は逆回転しなかった。時計は十三分目へ進む。
割れたトマトの匂いが、濡れた土から濃く立ち上がる。壱成は青い紙風車をドームの外へ置いた。契約のない風で、それは初めて好きな向きに回った。