最後の一行を消す複写機
十三階の複写機は、原稿の最後の一行を消す。
複写された紙には最後まで残るが、原稿からは文字そのものがなくなる。消えた一行は機械の中へ保管され、次に複写する原稿の末尾へ移る。空白の紙は受けつけない。業務終了までに移し先がなければ、最後に使った者の社員記録へ付記される。
紙屋は文書管理室で、廃棄前の書類を電子化していた。
父も同じ会社で複写機の保守をしていた。定年後は会わないまま、昨冬に亡くなった。遺品整理をした姉から、古い点検日誌が会社へ返された。表紙には父の社員番号、最終ページには震えた字で私信がある。
《晴臣へ。辞めても帰ってこい》
紙屋はその一行を残したかった。日誌は機密文書で持ち出せない。十三階の複写機なら、複写紙へは残る。
終業後、彼は日誌を載せた。
光が走り、複写紙が出た。父の言葉は確かに印刷されている。原本の最終ページからは消えていた。規則どおり、次の原稿へ移さなければならない。
机に残っていたのは、紙屋自身の退職願だった。
父の死後、仕事を続ける理由が分からなくなり、昼に書いたものだ。末尾は《以上》。紙屋は退職願を複写機へ置いた。
機械が唸った。
原本の《以上》が消え、その場所に《晴臣へ。辞めても帰ってこい》が現れた。複写紙には、どちらの一行も印刷されている。
翌朝、紙屋は原本を人事へ提出した。担当者は私信のような末尾を見ても驚かず、「十三階経由ですね」と受理印を押した。退職日は十三日後に決まった。
父の点検日誌は廃棄箱へ入れられた。複写紙だけが紙屋の鞄にある。会社を出るとき、初めて父の言葉を声にした。帰る家は姉の家でも、空になった実家でもなかったが、声にすると住所のない方向が一つできた。
退職日の夕方、十三階の複写機は撤去された。
運び出された機械のガラス面には、何度拭いても消えない一行が白く浮かんでいた。
《以上》
その二文字の下に、父がいつも工具箱へ入れていた小さな家の鍵が、ガラスの内側から貼りついていた。鍵穴のない複写機の中で、鍵だけがゆっくり回り、十三枚目のコピーを吐き出し続けていた。