最後の客室を二人で
霜田冬佳は、客室から指名されるのを接客の評価だと思っていた。
浅輪清帆は、清掃員を名前で呼びつける客を信用しない。ホテルで同じ階を担当して半年、冬佳は客の希望を先回りし、清帆は従業員の境界を先に引いた。
五一二号室の長期滞在客は、三日続けて冬佳だけを呼んだ。タオルの位置、枕の向き、ミニバーの確認。用件は小さいのに、客は冬佳が入ると扉を閉めようとした。
「今日は私が行く」
「指名だから」
「清掃に指名制度はない」
「苦情になったら?」
「扉が閉まるよりいい」
冬佳はサービスワゴンを押して五一二号室へ向かった。自分で断れない人だと思われるのも嫌だった。
扉を開けた客は、清帆を見ると露骨に顔を曇らせた。
「彼女だけでいい」
冬佳は一歩入った。客が扉へ手をかける。清帆はワゴンを敷居に横づけした。扉が閉まらない。
「廊下に置くと邪魔」
「開けておけば邪魔じゃない」
客が冬佳の腕を取ろうとした。冬佳は避け、ワゴンの反対側の取っ手を握った。清帆と同時に、廊下側へ引いた。
「本日の清掃は中止します」
その言葉も二人で重なった。
客は支配人を呼べと怒鳴った。清帆は内線を押し、冬佳は室番号と時刻をメモした。誰が怖がったかではなく、何が起きたかを同じ紙に書いた。
支配人は最初、「もう少し柔らかく対応できなかったか」と言った。冬佳は客室へ戻るとは言わず、清帆も代わりに入るとは言わなかった。二人で清掃中止札を五一二号室の扉へ掛けた。
警備室では、冬佳が客の言葉を時系列にし、清帆が扉とワゴンの位置を簡単な図にした。冬佳は自分が入室した判断も消さず、清帆は止めた自分を英雄にしなかった。翌日の担当者が同じ部屋へ一人で入らないため、注意事項を個人名ではなく客室番号に紐づけた。
最後の客室は別の階に残っていた。冬佳は速さを優先し、清帆は角まで確認する。やり方は変わらない。
二人はベッドの左右に立ち、同時にシーツを広げた。白い布が間で膨らみ、まっすぐ落ちた。