期限のない星
仁科星七は、締切があることしか始められなかった。会社の提出物は前日に仕上げる。頼まれた資格試験には申し込む。けれど自分で探した夜間の建築講座は、募集ページを保存したまま一年が過ぎた。誰にも急かされない夢は、優先順位の下へ沈んだ。子どものころ、取り壊される祖父母の家の間取りを何枚も描いた。それが建築を学びたい最初の理由だった。けれど会社で評価される資格や家族に勧められた試験には期限があり、そちらを先にした。夢は反対されていないのに、催促されないだけで後回しになった。通勤路の古い図書館が改装されたとき、星七は一日中、階段と窓の写真を撮った。そんな場所を考える仕事に憧れたはずなのに、保存した講座案内は「余裕ができたら」という名前のフォルダで増えるばかりだった。
四週間の創作滞在施設で、星七は武内梢実と同室になった。梢実は移動式プラネタリウムを運営していて、余った黒紙から小さな星を切っていた。梢実は形の歪んだものも捨てず、日付も用途も書かず缶へ入れた。何に使うのか星七が訊いても、「必要になったら分かるかも」と言い、分からないままのものを机に置いておける人だった。壁へ貼るわけでもなく、缶へ落としていく。
星七が仕事の締切表を机へ広げると、梢実が訊いた。
「締切のない願いって、腐ると思う?」
「忘れたら、なくなるんじゃないですか」
梢実は答えず、星形ではない四角い紙を一枚渡した。
「日付を書かずに、一つだけ書いて。明日までポケットに入れておいて」
星七は「建築を学び直す」と書いた。期限がないせいで、宣言というより独り言に見えた。梢実は読まず、缶の蓋を閉めた。
翌日、仕事帰りの電車で、夜間講座の広告が目に入った。以前保存した学校とは別の講座で、申込期限は来月だった。星七は反射的に画面を撮り、あとで見るフォルダへ入れようとした。
コートのポケットで紙が指に触れた。日付はない。だから来月まで待つ理由にもならない。紙の文字は昨日と同じで、急かしもしなければ保証もしない。ただ、誰かから渡された締切ではなく、自分が書いた言葉だけが残っていた。
星七は広告の二次元コードを読み取った。申込画面には、氏名、住所、志望理由の空欄が並ぶ。最後まで書ける自信はなかった。途中で閉じるかもしれない。
それでも最初の空欄を選び、「仁科星七」と入力した。