木工娘と樹冠狼のささくれ
王家の製材所へ緑の狼が飛び込んできた。
背には小さな枝角が生え、鬣には若葉が混じっている。森の伐採量を見守る聖獣、樹冠狼だ。丸太の山を跳び越えた巨体に職人たちは鋸を投げ出し、親方は火薬箱へ手を伸ばした。
「森の報復だ! 工房ごと壊される!」
見習い木工のダリヤは、狼が壊したものを見た。
作業台も完成品も無事だ。倒されたのは、床に散らばった鉄木の端材だけ。そして狼は左前脚を浮かせ、着地するたび喉を詰まらせている。
「報復なら、もっと上手に壊すでしょう。足を見せて」
「近づけば食われるぞ。お前は細工も下手なのに獣医の真似まで――」
親方の言葉を背中で聞き、ダリヤは木槌と細い鑿を持った。
樹冠狼が牙を剥く。鬣の葉が鋭い刃のように立ち、工房の梁へ蔓が伸びた。
ダリヤは鑿を床へ置き、自分の指に刺さっていた小さな木片を抜いてみせる。
「ささくれは小さくても、ずっと痛いんだよね」
狼の耳がわずかに動いた。
彼女は正面からではなく、浮いた前脚の側へ座る。しばらく待つと、樹冠狼は大きな肉球を作業台の端へ載せた。
毛の間から、黒い鉄木の破片が覗いていた。踏み抜いた先端が爪の根元まで入り、折れている。
ダリヤは細工用の鑿で周囲を傷つけぬよう溝を作り、木槌を一度だけ軽く打った。破片が浮いたところを毛抜きでつまむ。
狼が吠え、蔓が窓を覆う。それでも脚は引かなかった。
「偉い。あと一息」
長い破片が抜けた。ダリヤは木屑を洗い流し、樹脂薬を塗って柔らかな革で巻く。
腹の鳴る音がしたので、昼食の燻製肉も差し出した。樹冠狼は一口で飲み込み、空の掌まで丁寧に舐める。
親方が火薬を抱えて戻った。
「治ったなら森へ追い返せ。ここは王家の工房だ」
狼は返事のように尾を振った。風が巻き起こり、親方が隠していた粗悪な木材の覆いだけが剥がれる。
次いで樹冠狼はダリヤの足元へ伏せ、額を彼女の膝へ押し当てた。若葉の契約印が掌に芽吹く。
鬣を撫でると、葉の下に灰緑の毛が厚く重なっていた。森の朝のような匂いと、薪窯ほどの温度が指を包む。前脚まで腿へ載せられた重さに耐えながら、ダリヤは初めて、自分の手仕事を直さず信じてくれる相手を得た。