本棚の地図
転校生は、図書室の見取り図を描いていた。
文学、歴史、自然科学。棚の番号を方眼ノートへ書き、矢印で結んでいる。
「迷うほど広くないよ」
図書委員の僕が言うと、彼はノートを隠した。
「学校の地図」
見ると、棚の名前の横に別の言葉があった。
『一組・朝うるさい』
『体育館・昼は近道』
『保健室・先生が優しい』
彼は図書室を中心に、まだ慣れない学校を整理していた。
「理科室は自然科学の棚の向こう。音楽室は詩集の近く」
「実際の位置と違う」
「頭の中では合ってる」
転校して一週間。彼は教室でほとんど話さず、休み時間になると図書室へ来た。地図を作るのは、場所を覚えるためというより、知らないものへ名前をつけるためらしい。
僕はノートの空白を指した。
「ここは?」
『中庭』の横が空いていた。
「まだ行ってない」
放課後、図書室を閉めてから案内した。中庭には美術部がいて、花壇には園芸委員がいた。彼は遠くから見て、地図へ『絵の具の匂い』と書いた。
次は購買。『昼は戦場』。
視聴覚室。『カーテンが重い』。
教室へ戻る階段。『三段目が鳴る』。
正しい案内ではなかった。でも彼の地図には、学校が少しずつ増えた。
最後に、僕らは図書室へ戻った。
「ここは何て書くの」
彼は最初のページを見せた。
『図書室・静か』
それだけだった。
「他には?」
彼は鉛筆を止めた。
「転校前の学校でも、図書室だけは同じだった」
棚の匂い、貸出カウンター、窓際の机。知らない学校で、最初から知っていた唯一の場所だった。
僕は『静か』の横へ勝手に書き足した。
『案内所』
「図書委員だから?」
「利用者一名だから」
彼は消さなかった。
数週間後、彼の地図には人の名前の代わりに特徴が増えた。
『朝、パンを二個食べる』
『消しゴムをよく落とす』
『笑うと机をたたく』
どれが誰か、僕には分かった。
ある日、図書室の入口で新しい転校生が立ち尽くしていた。
彼は自分から声をかけ、方眼ノートを開いた。
「学校、案内しようか」
最初に連れてきたのは、やはり図書室だった。
彼の地図で『静か』の文字は消されていなかった。その下に小さく、『最初の友達がいた』と増えていた。