枝豆ひと粒の値段

平良結は、友人の会社の会議室で請求書を見つめていた。

ロゴ制作、採用ページ、営業資料。最初は開業祝いとして一つだけ手伝うはずが、依頼は半年で二十七件になった。友人はそのたび「軌道に乗ったら払う」と言い、結も笑って引き受けた。

今月、正社員を一人採用したと聞いた。報酬の話を切り出す機会だと思ったのに、友人は新しい依頼を三件置き、先に帰った。

机には枝豆のおにぎりが一つある。付箋には〈残業させてごめん! これで許して〉と、泣き笑いの顔が描かれていた。

結は腹を立てる資格がない気がしていた。友人が会社を作る前、仕事を失った結へ最初の案件をくれたのは彼女だ。請求しなかったのは自分なのに、今さら金額を出せば友情を値札へ替えるようだった。

結が徹夜で直した営業資料で、友人の会社は大口契約を取った。祝賀会の写真には結の作ったロゴが大きく映っていたが、結自身は招かれていない。寂しいと認める代わりに、忙しい友人を支えるのが自分の役目だと思った。報酬を求めないことを、友情の深さと取り違えていた。受注メールの返信には、友人ではなく担当者として宛名を書くことにした。

包みを開くと、塩の香りがし、まだ温かい米から枝豆が一粒こぼれた。丸い豆は請求書の上を転がり、未記入の合計欄で止まった。

結は指でつまんだ。以前なら米へ押し戻し、何もなかったように食べただろう。

今夜はその一粒を先に口へ入れた。薄い皮がぷつりと切れ、豆の甘さが広がった。小さくても、一粒分の味がある。

結は請求書へ戻った。制作費だけでなく、修正回数と深夜作業の時間も加える。開業祝いとして無償にする最初のロゴだけは、金額をゼロにした。その下の二十六件には、それぞれ値段を入れた。

おにぎりを食べ終え、付箋の〈これで許して〉へ線を引く。裏側に〈これは夜食。仕事は別〉と書いた。

請求書を友人の机へ置き、同じものをメールでも送る。結は空の包みを捨てた。友情まで捨てた音はしなかった。