柴犬が待つチーズカレーうどん
薄葉恭介のパソコン画面には、赤い文字で失敗と表示されていた。
深夜のシステム更新は途中で止まり、作業は翌朝へ持ち越しになった。原因は見つけた。修正方法も分かっている。けれど安全のため、今夜は触らない。正しい判断なのに、逃げ帰るような気持ちで会社を出た。
午前一時半、玄関を開けると、柴犬のたまごが座っていた。眠そうな目で一度だけ尻尾を振る。
「成功するまで待ってたわけじゃないよな」
たまごは欠伸をした。帰宅したから迎えただけらしい。
恭介は鍋へ残り物のカレーを入れ、牛乳と出汁を足した。冷凍うどんを煮込み、卵を落とす。最後にピザ用チーズを山ほどのせ、蓋をする。
開けた瞬間、カレー粉の香りと溶けたチーズの湯気が眼鏡を白くした。葱を散らし、七味を少し。
「障害対応中の人間が食べる量じゃない」
たまごは自分の水を飲んでいる。
「無関心で助かる」
うどんを持ち上げると、チーズが太い糸を引いた。熱い麺へカレーが絡み、卵の黄身が辛さを丸くする。昨夜のカレーは具が崩れ、じゃがいもがスープの一部になっていた。
恭介は、失敗した画面を思い出すたび急いで食べそうになり、箸を置いた。明日の手順はもう書いた。今夜できる仕事はない。
たまごが足元へ来て、恭介の脛に背中をつけた。犬は待つとき、何かを改善しようとはしない。ただそこにいる。
「停止も処理の一つ、か」
独り言に、たまごの耳が動いた。
食後、恭介は会社の通知を切り、目覚ましだけを設定した。失敗の赤い文字は朝になっても消えない。けれど、空腹のまま睨み続ける必要もない。
布団へ入ると、たまごが足元で丸くなった。部屋にはカレーとチーズの濃い匂いが残り、腹の中には火を止めた鍋のような熱があった。明日の再開まで、自分も安全に停止していい。
たまごの背へ足先を触れると、眠ったまま少しだけ身じろぎした。恭介はその温度を、復旧確認の代わりに受け取る。カレーの辛さはもう引き、牛乳とチーズの甘さだけが喉に残っていた。