森の小屋を半分ずつ

湖畔の貸し小屋「こもれび三号」は、金曜の夜から二重予約になっていた。

私は辰見杏璃。締切前の絵本を仕上げるため、一人で二泊する予定だった。もう一人の予約客は、風早梢。玄関で顔を合わせた瞬間、私たちは同時に目をそらした。

梢は三年前まで同居していた親友だ。彼女が海外赴任を決めた夜、私は「相談もなくいなくなる人とは暮らせない」と鍵を投げ返した。それきり会っていない。

管理人の遠野さんは予約サイトの不具合だと言い、案内係の滝瀬さんは別棟を探しに走った。予約を操作できたのはその二人と梢。手掛かりは三つあった。

薪は二束なのに、寝具は一組。冷蔵庫には、私が徹夜すると食べる林檎ジャム。そして梢の予約備考には「湖側の机を使わない」と書かれていた。

「梢、私が来ると知って予約したの?」

彼女は濡れた上着から、一本の真鍮の鍵を取り出した。昔の部屋の合鍵だった。

海外へ出る前、梢は私の絵本のラフを出版社へ持ち込んでいた。私はそれを知らず、最初の仕事が決まったのは自分だけの力だと思っていた。帰国した彼女は、恩を売るようで言えず、合鍵だけ郵送しようとした。ところが私が仕事用の投稿に「今年もこもれび三号で仕上げる」と書いたのを見つけた。

梢は同じ小屋を予約し、鍵と、私が好きだった林檎ジャムを置いて帰るつもりだった。机を使わないと書いたのは、仕事を邪魔しないため。寝具が一組なのは、自分は泊まらないと遠野さんへ伝えていたからだった。

「勝手に持ち込んだことも、何も言わず行ったことも、ごめん。あの頃、杏璃なら止めると思って、止められたら行けなくなると思った」

遠野さんは二重予約を消さなかった。

「雨で最終バスも出ません。今夜だけ、半分ずつ使ってください」

私は湖側の机へ原稿を置き、反対側にもう一脚の椅子を運んだ。梢は困った顔をした。

「仕事の邪魔になるよ」

「三年前から、もう十分静かだった」

薪を一本ずつストーブへ入れる。鍋で温めたパンに林檎ジャムを塗り、半分に切った。

梢へ渡すと、彼女が合鍵を掌に戻した。

「これは、返したほうがいい?」

私はパンをかじった。

「次の部屋が決まるまで、預けておく」