模型都市の消灯

建築研究室の床に、畳六枚分の模型都市が広がっていた。

鴇沢景一は道路を一本ずつ剥がし、石渡沙耶香は建物の写真を撮り、秋庭槙也は廃棄用の箱を組み立てている。コンペで一次審査にも残らなかった都市だった。

「壊すの、早くない?」と沙耶香。

「明日、研究室を空ける」

「部屋に置けば」

「四月から寮。あと、もう作らない」

景一は解体会社へ就職する。新しい建物を考えるより、古い建物が安全に消える順番に興味が移ったという。

模型の題名は〈余白のない街〉だった。審査評には、効率的だが息苦しい、と一行だけある。景一はその評を気に入り、机に貼っていた。沙耶香が剥がすと、裏には三人の落書きで公園や屋台や猫の通り道が描かれている。計画図へ入らなかったものばかりだった。

「私は院で公共空間を続ける」と沙耶香。

「俺は不動産会社で、建つかどうかを収支で決める」と槙也。

「僕は二人が作ったものを壊すかもしれない」

槙也が苦笑する。「その前に、俺が計画を潰す」

「じゃあ私だけ建てる人?」

「建つとは限らない」と景一。

三人は笑ったが、模型を壊す手は止めなかった。紙の駅舎、木片の図書館、透明板の集合住宅が順番に箱へ消える。

都市の中央には、景一が徹夜で作った細い塔がある。沙耶香が手を伸ばした。

「これは残そう」

「残す理由がない」

「きれいだから」

「きれいな失敗ほど場所を取る」

景一は塔を根元から外す。中に仕込んだ小さなLEDだけが、まだ点いていた。槙也は落書きの紙だけを箱へ入れず、胸ポケットへしまう。

段ボールへ入らなかった道路の一本を、沙耶香は窓辺へ置いた。どこにもつながらない灰色の帯だった。槙也が『新しい街の一号線にする』と言うと、景一は『行き止まりから始めるのか』と笑った。それが三人の最後の設計相談になった。

消灯時刻になり、景一は模型の電源を切ろうとして、スイッチの場所を見失った。空になった研究室で、段ボールの蓋の隙間から塔の光が漏れる。景一の製図椅子は壁際に畳まれ、光だけが、もう存在しない街の夜を続けていた。