欠航ロビーの午前三時
桜庭晴紀、古川千晶、丸山柊平は、卒業旅行の帰りに欠航へ巻き込まれた。空港ロビーのベンチで、晴紀は有料ラウンジのクーポンを眺め、千晶はコンセントを探し、柊平は空の財布を何度も閉じた。
「ホテル、三人で割ればいい」と晴紀が言った。
柊平は首を振った。「俺はここで寝る」
「二千円くらい出すよ」
「出してもらったら、明日も借りたままだろ」
千晶が二人の間に充電器を置いた。「私もここにいる」
晴紀は苛立った。「何でわざわざ苦しい方に揃えるんだよ」
柊平が笑った。「晴紀は四月から投資銀行だもんな。苦しいのも選択肢に見える」
空港の照明は昼間のように明るかった。
千晶がスマートフォンを伏せる。「私は教員採用、辞退する。フリースクールで働く」
晴紀が「給料半分だろ」と言う。
「うん。それでも行く」
柊平は床へ視線を落とした。「俺、大学を辞める。卒業式には出ない」
「あと卒論だけじゃん」
「学費を払えない。印刷工場で夜勤する。いつか復学するかもしれない」
「かもしれないって」
「晴紀の会社みたいに、未来を数字で出せないんだよ」
搭乗案内の消えた電光掲示板へ、三人の顔が薄く映っていた。大学一年の頃は、誰が一番早く成功するか競っていた。初任給、肩書き、勤務地を表にして、冗談半分に順位まで付けた。柊平が作ったその表は、旅行中も共有フォルダの先頭に残っている。今は成功の意味を三人とも別の言葉で使う。
千晶が表を削除すると、晴紀の端末に《復元しますか》と通知が出た。晴紀は「あとで」を選んだ。
晴紀はラウンジのクーポンを破った。「じゃあ俺もここにいる」
千晶が首を振る。「そういう優しさが一番嫌い。明日から違う場所に行くのに、今夜だけ同じ床で寝て、何になるの」
晴紀は何も言えず、一人でラウンジへ向かった。
午前三時、千晶と柊平の間には、晴紀が使っていたベンチ一席分の空白があった。そこへ充電ケーブルだけが伸びていたが、先端には何も繋がっていなかった。
翌朝の振替便は三人とも別々だった。空港清掃員が拾ったクーポンの破片には、「同行者二名まで」と印刷されていた。