死者は夜会に立つ

鎮魂夜会の黒い鐘が鳴ると、セグラン伯は婚約者を断罪した。

「ブリュンテ・シュタール。君は侍女キネラを殺した」

 広間に息を呑む音が広がる。

「君の虐待を告発しようとした彼女は、三日前、河で死体となって見つかった。人殺しを妻にはできない。婚約を破棄し、裁判へ引き渡す」

 セグランの隣にいたロヴィサが、震える声を添えた。

「キネラは、ブリュンテ様に地下室へ呼ばれたと言っていました。わたくし、助けられなくて……」

 ブリュンテは黒い扇を閉じた。

「告発は、わたくしがキネラを殺したという一点ですね」

「死者は反論できまい」

「ええ。死者ならば」

 大扉が開いた。

 粗末な旅装の娘が、濡れてもいない髪を揺らして歩いてくる。キネラだった。

 悲鳴が上がり、セグランの顔が死人のように白くなる。

 キネラは誰にも目を向けず、首から下げた木札を卓上へ置いた。辺境修道院の《生命印》。入院した者の心拍を日付とともに焼きつけ、退院時まで消えない一枚限りの証明だ。

 印には、三日前から今朝まで途切れない脈の線が刻まれていた。

「河の死体は、顔を潰した別人でした」

 キネラの声は震えなかった。

「セグラン様に命じられて修道院へ隠れました。お嬢様がわたしを殺したことにすれば、婚約も領地も奪えると。けれど、代わりに誰が死んだのか知って、もう黙れませんでした」

「嘘だ!」セグランが叫ぶ。「その木札こそ偽物だ!」

「生命印は本人の心臓が止まれば割れます」

 木札の線は、今もキネラの鼓動に合わせて光っている。

 ロヴィサが伯から離れた。

「わたくしは、死体が別人だなんて聞いていません……」

「黙れ!」

 ブリュンテは、三日前から流せなかった涙を一滴だけ落とした。悲しみではなく、キネラが生きていた安堵のために。

「ブリュンテ、私は騙されていた。婚約破棄は取り消す。君も無実なら問題はない」

「問題は、あなたが一人の死を道具にしたことです」

 キネラが、昔のように手を差し出した。

「お嬢様。今度は、わたしと一緒にここを出てください」

 ブリュンテはセグランに背を向け、その手を取った。