毒消しのおかわり
「最後に食べた料理を一皿だけ出す? 腹が減りにくいだけの外れね」
海宮の技能選びで、皇女ザフィラはハルネを船団から外した。
《スキル:おかわり――直前に食べた非魔法の料理を、一日一度だけ同じ量で再現する》
干しパン一枚を増やしても船は救えない。ハルネは厨房へ回され、薬膳師の皿洗いを任された。
厨房では、同じ料理でも材料の一枚が欠ければ効能が失われる。ハルネの《おかわり》は香りも塩加減も煮崩れも、食べた瞬間の一皿を寸分違わず戻した。食料庫を満たすほどではない。それでも、二度と作れない一皿がもう一度だけ必要になる時はあると、老薬膳師だけは言っていた。その言葉を、彼女は皿の裏へ小さく書き留め、忘れなかった。
その夜、祝宴の魚料理に毒が仕込まれた。
ザフィラと幼い弟皇子が同時に倒れる。毒は深海貝の神経毒。解毒には月藻と白鰭肝を煮た苦い椀が必要だが、薬膳師が用意できたのは一人分だけだった。
「皇女殿下へ使え」
近衛長が命じる。
ザフィラは痺れる指で椀を弟へ押した。
「次の海皇は……この子よ」
弟が飲み干し、呼吸を取り戻す。だが皇女の唇は青くなり、薬膳師は首を振った。次の白鰭肝を取るには三日かかる。
皿洗いのハルネが、空になった椀を奪った。
底に残った一滴を指ですくい、口へ入れる。
「何をしている! 薬はもうない!」
「今、食べました」
苦味を飲み込み、両手を差し出す。
「《おかわり》」
湯気の立つ解毒椀が現れた。
量も温度も、薬膳師が作ったものと同じ。魔法薬ではない。希少な材料を煮た“料理”だから、能力の条件を満たしていた。
ザフィラの口へ流し込む。
数息後、止まりかけていた胸が大きく上下し、青い唇に色が戻った。
近衛たちが歓声を上げる中、皇女はまだ震える手でハルネの厨房札をつかんだ。そして自分の金の徽章と取り替える。
「一皿しかないから王位と命のどちらかを選ぶところだった。あなたは選択そのものを増やした。外れではない――海宮薬膳院の長に、ハルネを任ずる」