水晶迷路を折り畳む

「魔力ゼロでは、入口から一歩も進めまい」

空間魔法科の教授エルネストは、水無月湊を水晶迷路へ押し込んだ。実技試験は十分以内に中央の鍵を取り、入口へ戻ること。迷路は受験生の魔力を読み、強い者ほど複雑になる仕組みだった。

湊の魔力を読めない迷路は、彼を異物と判断した。

壁が増殖し、入口を塞ぐ。通路は上下左右へ折れ曲がり、通常の百倍の広さへ膨張した。教授は外から「棄権を宣言すれば出してやる」と告げたが、救出術式すら迷路に拒まれていた。

さらに中央で、迷路守護獣の水晶牛が起動した。角が壁を砕きながら迫る。外の教授は救助より先に時計を止め、事故を試験記録から消そうとした。だが迷路内部の映像だけは観覧席へ映り続け、湊が閉じ込められた事実を全員が見ていた。

湊は逃げず、透明な壁へ手を当てた。前世で地図制作をしていた彼には、迷路全体が一枚の展開図として見えている。

《能力・空間折り――連続した空間を、一度だけ任意の形へ折り畳む》

「入口と中央を、隣にする」

壁が音もなく重なった。

長大な通路が紙の蛇腹のように畳まれ、数千の曲がり角が一本の薄い層へ収まる。湊の目の前へ中央台座が現れ、そのすぐ隣に入口が開いた。

突進していた水晶牛も、折り畳まれた距離の向こうから一瞬で到着する。だが角が湊へ届く直前、牛の巨体は迷路の余剰空間とともに透明な立方体へ封じ込められた。掌ほどの箱の中で、守護獣は静かに膝をつく。

湊は台座の鍵を取り、横へ一歩進んで入口から出た。

二度目に空間を曲げる必要はなかった。

試験時計は開始から一秒を示したまま停止し、迷路規模計は《無限圧縮》と表示して砕ける。

教授エルネストが口を開けたまま立ち尽くす。空間法院総監マクシミリアンは観覧席から立ち、湊が持つ鍵ではなく、掌の立方体へ視線を落とした。

「迷路を攻略する試験でした」

総監は自分の転移杖を床へ置く。

「迷路のほうを携帯品にした者へ、合格証を渡す規定はありません。ゆえに規定を作る側へ回っていただきます」

入口だった場所が、湊のために正門のように開いた。