沈まない床
物流倉庫の床は、見た目より厳しい。毎日同じ場所をフォークリフトが走るから、一ミリの波が何万回も荷物を揺らす。
宮前詩乃が任されたのは、夜明けまでに千二百平方メートルの床を打つことだった。レーザースクリードが最初の帯を均したとき、機械の後ろに細い波が残った。
「センサーが狂ったな」
オペレーターが調整画面を開く。詩乃は波の位置を見た。どれも同じ間隔ではなく、機械の左車輪が通った場所だけに出ている。
床下の鉄筋は問題ない。コンクリートの硬さも一定。詩乃は打設前の写真を呼び出し、断熱材の継ぎ目をたどった。左車輪の下に、前日の雨で濡れた砕石を埋め戻した細い帯がある。
長い棒を差すと、表面は固いのに、その下で二センチ沈んだ。下地が水を含み、車輪の重みで動いている。レーザーは高さを正しく測っていたが、機械そのものが沈めば、刃も一緒に傾く。
「センサーは触らないでください」
詩乃は打設の進行方向を九十度変えた。柔らかい帯を横切る回数を減らし、そこだけ仮設の鋼板を敷いて機械の荷重を分散する。すでに波が出た部分は、固まり始める前に人力で均し、不陸を測り直した。
「順番を変えたらポンプのホースが届かない」
「一回だけ継ぎ直します。毎回床を直すより早いです」
午前三時、二本目の帯は平らに伸びた。鋼板を外すたび、下地の沈みが戻るまで待った。急げば次の車輪が同じ穴を深くする。
午前六時、最後の目地まで打ち終えた。詩乃は長い定規を床へ置き、光が漏れないことを確かめた。
倉庫担当者が入口から覗き、「きれいですね」と言った。
詩乃はまだ答えられなかった。表面を磨く機械が、これから入る。その重さでも沈まないか、同じ帯をもう一度見なければならない。
詩乃は柔らかかった帯を平面図へ書き込み、仕上げ機の走行経路から外した。コンクリートが覆えば、下地の弱さは見えなくなる。次の班が知らずに同じ荷重を掛ければ、直した波が戻る。
夜勤の作業員が帰る横を、仕上げ班が白い長靴で入ってきた。床は完成へ近づくほど、踏まれる回数が増えていった。