治療契約が切れた鐘
凱旋宴の最中、プルネラ・シャルドは負傷兵を見捨てた冷血な令嬢として責められた。
婚約者ヘルムート・ライザが、治療を受けられなかった兵の申請札を掲げる。
「彼女は報酬が少ないと施療院を閉めた。婚約を破棄する!」
プルネラは治癒師だった。責める声より、救えなかった一人のことが痛い。それでも立ち尽くさず、医療委託契約を出した。
「施療院を閉めたのは私ではありません。契約は、前夜の第三鐘で解除されています」
解除欄を押すと、ヘルムートの紋章が白く浮いた。理由は〈祝宴費捻出のため〉。解除後に無許可で治癒術を使えば、彼女自身が処罰される契約だった。
「規則を破ってでも治すべきだった!」
「ならば、なぜ治療権を奪ったのです」
証拠は解除印一つ。兵を見捨てたのではなく、彼が治療の扉を閉じたのだ。
契約解除の夜、プルネラは施療院の外で第三鐘を聞いた。鍵を返せと命じられた後も、せめて薬だけ渡そうとしたが、無許可治療は患者まで罪に問う規則だった。扉の向こうで苦しむ声を聞きながら、彼女は朝まで立っていた。その記憶があるから、ヘルムートの告発は深く刺さった。それでも彼女は泣いて赦しを乞わない。規則を盾に命を切った者が、治癒師の良心を責める構図をここで終わらせるため、解除印を高く掲げた。
ヘルムートは申請札を隠す。
「婚約を続ければ、施療院を再開してやる。君も名誉を失わずに済む」
「患者の命を、私を繋ぐ鎖にしないでください」
戦場公ウルバン・ギースが一人だけ席を立った。彼は兵を率いる者として解除印を確認し、短く告げる。
「軍医療局はこの証拠を受理する」
それからプルネラの前へ来た。
「公領に、領主でも閉じられない独立施療院を作る。鍵はあなたが持て」
「公爵閣下にも閉じられない?」
「私が閉じようとした時は、契約で私を追い出してくれ」
ヘルムートが「女一人に院は守れない」と吐く。
プルネラは申請札を胸へ抱き、彼へ背を向けた。
「一人にしないと言う人ではなく、権限を渡す人と守ります」
戦場公が差し出した、剣傷のある手を取った。