治癒術師は治さない
「治癒術師リーネを、毒殺未遂の罪で処分する」
審問官ガロフの宣告に、施療院の患者たちがざわめいた。
王弟の薬へ毒を混ぜたのはガロフ自身だ。リーネが不正な処方箋を見つけたため、口を封じようとしている。
「治癒術師なら、自分で治せるだろう」
彼は証拠品と称する毒杯を差し出した。〈治癒喰らい〉。回復魔法に反応して増殖し、術者を内側から破裂させる毒だ。
リーネは飲み干し、両手を膝へ置いた。
ガロフが笑う。
「さあ、治してみろ」
「治しません」
「強がるな。あと十秒で臓器が溶ける」
十秒。二十秒。一分。
毒を調合した宮廷薬師が、杯の沈殿を確かめて青ざめた。治癒喰らいは確かに全量入っている。リーネは審問椅子へ座った同じ姿勢で、患者の容体記録を読み続けていた。最前列の少年患者は、彼女が昨夜まで自分の熱を診ていたときと同じ穏やかな横顔を見て、握りしめていた毛布から手を離した。治癒術は使っていない。顔色も脈も変わらない。
ガロフの笑みが消えた。杯の底に残った毒へ治癒光を当てると、黒い触手が伸び、銀盆を一瞬で食い尽くした。本物だ。
「処刑槍を持て!」
衛兵が〈癒し手殺し〉を構える。治癒結界を貫き、傷口を永遠に塞がらなくする槍。ガロフ自身が柄を奪い、リーネの胸へ突き出した。
衝撃と白煙が審問室を満たす。患者たちの悲鳴が上がった。
煙が晴れる。
リーネは同じ姿勢で座っていた。槍先は胸元で止まり、彼女の記録紙一枚すら破れていない。
「治癒術師は、傷を治す者ではありません」
彼女は槍へ指を添えた。
「傷つく前の命を守る者です。私の固有術〈予防治癒〉は、治療が必要になる結果を先に消します」
「そんな術、教典にない!」
「あなたが削除した第七章にあります。原本は患者全員へ写してあります」
ガロフが周囲を見る。患者たちは同じ写本を掲げていた。ガロフが奪った一冊では、もう真実を消せなかった。逃げようと柄を引いた瞬間、成立できなかった傷の力が槍へ戻る。
処刑槍〈癒し手殺し〉が砕けた。