洗濯物の王国

 大庭奏人は、ホテルで一日に二十台のベッドを整える。

 皺のないシーツ、角のそろった枕、石鹸の匂いがするタオル。客室をきれいにするほど、自宅の洗濯物は椅子へ積み上がった。

 帰れば服を山から一枚抜き、眠る場所だけ確保して倒れ込む。

 長毛の猫は、ホテル裏のリネン回収箱に潜っていた。

 回収業者が蓋を開け、白い毛玉が飛び出したことで大騒ぎになった。首輪はなく、外は雪。奏人が「今夜だけ」と引き取った。

 猫は部屋へ入るなり、洗濯物の山の頂上へ登った。

「気に入ったのか」

 堂々と見下ろす姿から、「王様」と名づけた。

 王様は汚れた服より、洗いたてを好んだ。

 奏人が休日にまとめて洗濯すると、乾いたタオルへ真っ先に潜る。畳もうとすれば前足で崩し、シーツを広げれば中央へ飛び込んだ。

「職場でも家でも、ベッドメイクを邪魔されるとは」

 奏人が抱き上げると、王様の毛から柔軟剤と日向の匂いがした。

 困るのは、自分の寝具だった。

 王様は古いシーツへ入ろうとせず、枕元で不満そうに鳴く。奏人は疲れていたが、仕方なく全部外して洗濯機へ入れた。

 夜になって乾いたシーツを張ると、王様は四隅を確かめ、真ん中で何度も足踏みをした。

「検品、厳しいな」

 猫はようやく丸くなった。

 奏人も布団へ入る。

 糊のきいた客室ほど完璧ではない。端は少し曲がり、枕カバーにも皺がある。それでも、洗った布が頬へ触れるだけで、体の力が抜けた。

 他人のためには毎日用意していた清潔な寝床を、自分にも与えてよかったのだと、そのとき初めて思った。

 飼い主は見つからず、王様は居城を得た。

 洗濯物の山は低くなり、椅子には人間が座れるようになった。代わりに窓辺へ猫用の籠を置いたが、王様は相変わらず奏人の布団を選ぶ。

 遅番から帰った夜、奏人が新しいタオルをたたんでいると、王様がその上へ顎をのせた。

「一枚だけだぞ」

 諦めて差し出すと、猫は満足そうに目を閉じる。

 部屋には乾いた綿と石鹸の香りが満ちた。奏人は隣へ横になり、明日の客より先に、自分のための柔らかさへ体を預けた。