海へ降りない鎖

時化の貨物船で、監査員の鷹森が甲板の鎖に押さえつけられて死んだ。太い鎖は揚錨機で張り詰め、胸と両脚を鋼板へ縫いつけている。波の中で機械を逆転させれば鎖が暴れるため、港へ着くまで遺体は動かせなかった。

操舵室へ呼ばれたのは甲板長の百地、機関士の黒須、潜水士の海老名。鷹森は救難資材の横流しを調べ、三人の作業記録を照合していた。百地は「大波で錨鎖が跳ね、鷹森を巻き込んだ」と説明した。黒須は機関室の記録に残り、海老名は船尾の作業カメラに映っているが、百地の居場所だけは本人の証言しかない。甲板員たちは事故だと思い、錨を切ってでも遺体を救おうとした。百地はなぜか、それだけは船主の許可が要ると強く止めていた。

船は傾き、鎖が軋むたび遺体の上着が震えた。私は安全索の内側から、三つの点だけを確かめた。

第一。鎖は甲板倉から鷹森の位置まで雨水で濡れているが、その先に海水の塩跡も海藻もない。海から上がった錨鎖ではなく、倉にあった予備鎖だった。

第二。揚錨機の爪は予備鎖を甲板へ引く逆向きに掛けられ、鋼板には倉口から遺体まで擦過線が続く。時化の間、予備鎖倉と揚錨機の鍵は百地の腰鎖につながれていた。

第三。鷹森の一番上のボタンが、胸より上にある鎖の輪へ挟まっていた。動く鎖に巻き込まれたなら服は下へ引かれる。横たわった遺体へ鎖を置き、その後で締めた形である。

百地は甲板長以外でも機械を使えると言った。返事をする者はなく、船体の軋みだけが操舵室まで響いた。

百地は鷹森を先に殺し、甲板へ寝かせた。その上へ倉の予備鎖を這わせ、揚錨機を逆向きに使って張り、事故に見せたのである。塩のない濡れ方が錨鎖という説明を否定し、倉口からの擦過線と逆向きの爪が鎖の進路を示す。さらに上側の輪へ噛んだボタンが、遺体を置いてから締めた順序を決める。鍵を持つ百地だけが実行できた。海へ降りていない鎖は、甲板長の嘘にも海の匂いがないことを告げていた。 百地が切断を止めたのは、予備鎖だと露見するのを恐れたからでもある。