海図から消した右と左

凪紗が連合艦隊の旗艦へ乗せられたとき、十二隻の商船が暗礁帯の手前で止まっていた。

海峡を知る島国の水先案内書には、こうある。日没までに抜けなければ逆潮が始まり、十二隻は三日間閉じ込められる。港では冬越し用の小麦を待つ二万人が列を作っていた。

『黒い塔を右に見たら左へ二点。白帆岩を背にして右へ戻す』

翻訳は正確だった。だが案内書を書いた船は南から入り、連合艦隊は北から入る。右と左がすべて逆になる。先行した一隻は船底を裂き、積荷の半分を海へ捨てた。甲板には濡れた麦袋が積まれ、次に誤れば船ごと沈む。

「原文どおり操船した。悪いのは海だ」

艦隊通訳が青い顔で言う。

前世で航空図を扱っていた凪紗は、左右の語を消した。羅針盤と海図を重ね、進路を方位で書き直す。

『黒い塔の東を通過後、南南西へ。

白帆岩の西端で南東へ。』

見る向きが変わっても、東は東、南は南だ。凪紗は十二隻の舵手へ同じ二行を配り、羅針盤の針だけを見るよう告げた。凪紗は自分で舵輪の横に立ち、針が指定方位へ重なるたび短く号令した。

先頭船が暗礁へ近づく。

水深計が九、七、六と落ちる。艦隊通訳が「左だ」と叫んだが、凪紗は南南西を指した。船首がゆっくり回り、水深は六から十一へ戻る。後続船も旗で方位を受け取り、先頭と同じ角度で一斉に船首を振った。

黒い岩が船腹からわずか三メートルを滑っていった。

一隻、二隻、十二隻。全船が同じ航跡を通り、船底を擦る音は一度も鳴らない。裂けた先行船も応急板を保ったまま最後尾で抜けた。予定より一時間四十分早く海峡を抜け、港の価格板では遅延を見込んでいた小麦が一袋銀貨十四枚から八枚へ下がった。

提督は濡れた案内書を閉じる。

「左右は、立つ場所で裏切るか」

凪紗は羅針盤を返した。

「方位は裏切りません」

提督は十二隻の航海日誌へ同じ進路を写させ、艦隊通訳の席から古い海図箱をどかした。

「全海路の案内書から右と左を消せ」

新しい席に羅針盤を置き、凪紗へ向ける。

「連合艦隊航海翻訳士として、次の海峡も任せる」